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綾部の文化財

阿須々岐神社の御年貢(みねぐ)奉納言葉より

先般の綾部市総合文化祭に初めて参加して行った「綾部の文化財ミニ・シアター」の第5番目のビデオ「阿須々岐神社の芸能祭礼・御年貢(みねぐ)」の内容について知るために、ビデオ提供元の梅垣正一幹事のお宅に、お怪我のお見舞い方々、先日の文化財研修旅行で昼食を食べた「総本山智積院・一休庵売店」で買った手土産と「当日の報告ブログのコピー」を持って訪問した。

梅垣正一氏は阿須々岐神社(志賀郷地区金河内町)の直ぐ近くにお住まいで、少し怪我をされ、このご提供いただいたビデオの解説に来ていただけなかったが、お元気になっておられる様子で何よりであった。
お借りした「古典儀式祭礼 御年貢奉納言葉 阿須々岐神社」(加柴嘉雄氏編、B5版10ページコピー資料)から、その、さわりの一部を提供ビデオの画面記録とともに下記に記録する。なお筋書き的な文書はないとのことであった。

少子化により、京都府指定無形文化財:阿須々岐神社の芸能祭礼は、金河内町が当番をされる4年毎にしか行われず、しかも前回取材したときは、御年貢は行われず、子供の太刀振りだけであった
それでこの子供狂言:御年貢の取材を当会では未だ出来ていない状態である。

ビデオの概要:90分(仕上リハーサル、本番、最後に餅まき風景まで)
出演者:有田ひろみ(3年生)、坂根啓太、有田光文君
大弓神事(金的)のあと、府道口から参道を経て神社まで境内での練り込み行列(途中で御年貢出演3名のお目見栄)、神殿内で3名の参拝後に神殿向かいの籠り屋(演場)に移り、御年貢(みねぐ)が始まる

阿須々岐神社の御年貢より

殿 拙者義な今日た奏者の番に当って御座る。如何様の使者等もお執次な致すで御座る。先ず此の所に控えて居ましょう。

阿須々岐神社の御年貢より

 私津の国住吉の百姓、毎年の御年貢として、年の松を持って都禁中様へ伺候申す。当年は兎や角と仕る間に年改まって御座れ共、持って参ろうかと存じます。

阿須々岐神社の御年貢より

 やっとこ取ってはうんとこせ、罷出でましたる者は私津の国片山家の百姓、毎年の御年貢として年のユズリハを持って都禁中様へ伺候申す。当年は兎や角と仕る間に年改まって御座れ共、持って参ろうかと存じます。
ハレヤレ好き連が名ァア。此の先へは誰人やら見える呼バはって連れに致そう ホオイ ホオイ

阿須々岐神社の御年貢より

 してこっちの事か。
 成程御自分の事 御自分何処人で御座る。
 中略
 して何処へお出でなさる。
 私も都禁中様へ さて好い道連れに出会いました 急ぎましょう 急ぎましょう。
 成程 成程。

阿須々岐神社の御年貢より

 してこなたの持たっしゃったは何で御座る。
 中略
 これか
 如何にも
 これ ゆずりは
 ゆずりは どこへ
 これも都禁中様へ
 さて好い道連れに出会いました 急ぎましょう 急ぎましょう 
 成程 成程 してこなたは奏者を持たっしゃったか。 後略

阿須々岐神社の御年貢より

 成程 成程やあ急ぐに程なく禁中様の館に着きまして御座る 片山家殿ものも乞はっしゃれ。
 いいや住吉乞はっしゃれ。
 然らば乞いましょうか のもう のもう。
殿 ものも たそう。

阿須々岐神社の御年貢より

 私津の国住吉の百姓 毎年の御年貢として年の松を持って伺候つかまつりまして御座ります 差し上げましょう。
 中略 差し上げましょう。
殿 やい
住・片 はぁあい
殿 松ゆずりはと言う者は師走の二十七日 早八日にはお祝いこめなさるる者 何として延引仕った其の仔細を申せ。
住・片 はぁあい
 住吉と申しますは国も大国優長な国で御座りますれば五歳になれば烏帽子を着せ七歳になれば嫁を摂り 彼方の祝儀此方の祝儀と仕る間に年改まりまして御座ります。 後略

阿須々岐神社の御年貢より

殿 それに待たれ 其の由申そう 津の国両所の百姓 松ゆずりは斯くの如し はぁい はぁい はぁぁい
殿 申し上げて有るが 松ゆずりはは延引の処上にもいかい御腹立じゃ 然しながら国も大国優長な国じゃと申し上げてあれば、又た反って御機嫌じゃ それにつき三十一字の歌を読めとある。
住・片 はぁい

阿須々岐神社の御年貢より

 五月のさんのぼにゃ春の鶯は(この歌は俗に苗取歌という)
 ほぉい ほぉい ほぉい ほぉい(これは歌のハヤシなり)
殿 やぁい
住・片 はぁい
殿 それは田植歌ではないか。
 成程田植歌で御座ります 住吉と申しますは何ぞう目出たい事には田植歌を謡います。
 中略
殿 して片山家は
 ふうだぁらくうふや 岸打つ浪は三熊野の那智の御山に響く滝津瀬。
殿 やぁい
 はぁい
殿 それは巡礼歌ではないか。
 成程 巡礼歌で御座ります 片山家と申しますは 何ぞう目出たい事には巡礼歌を謡います。
殿 いいや其儀ではない ゆずりはに付て三十一字の句に詰まったる歌を詠めとある。
 はぁい 吟じて見ましょう。
殿 住吉出来たか。
 こうも御座りましょうか。
殿 何と
 住吉の角に雀が巣をくうて。
殿 巣をくうて。
 さこそ雀が住みよかるらん。
殿 住みよかるらん ほほお 出来た出来た して片山家は。
 こうも御座りましょう。
殿 何と
 今年より蔵大宮の譲り得て。
殿 譲り得て。
 殿も徳わか 我も福わか。

阿須々岐神社の御年貢より

殿 我も福わか ほほお 出来た出来た それに待たれ 其の由申そう 津の国両所の百姓 連れたる歌斯くの如し はぁい はぁい はぁい やい。
住・片 はぁい
殿 申し上げてあるが歌が出来たとあって 上にもいかいご機嫌じゃそれに付 酒三献汲んで相舞に舞うて立てとある さあさあ住吉。

阿須々岐神社の御年貢より

 これより 謡い舞い。
ざざんざぁー 浜松の音はざざんざぁー 今年より蔵大官の譲り得て 殿も徳わか 我も福わか とつ盃。

阿須々岐神社の御年貢より

 やれやれ やれやれ 今日の御年貢も首尾ようすんで目出度い、目出度い。
 首尾のよい内に急ぎましょう 急ぎましょう。
 成程 成程

阿須々岐神社の御年貢より

平成14(2002)年の祭礼では、子供の振物はなく、大人の二人による「真剣」の披露(はらり)が行われた

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テーマ : 神社仏閣
ジャンル : 学問・文化・芸術

綾部の文化財

綾部市文化協会会報への提出原稿

<題、氏名>16文字x5行の指定

綾部市総合文化祭初参加
文化財と人とのふれあいをテーマに 綾部の文化財ミニ・シアター開催
綾部の文化財を守る会 ホームページ委員長 鍋師 有 

<本文>16x60行=960文字の指定

 6年前に当会創立35周年記念事 業としてインターネット・ホームペ
ージを開設し、記念式典で展示・映 写を行い開設報告をしました。
 その後順調に綾部の文化財、観光 イベント、各地の文化財研修、会報
紹介などの記事公開を重ね、千数百 件の内容になりました。
 今回「くらしを彩り、人々のコミ ュニケーションを深め、地域の活性
化を生み出す、文化財と人とのふれ あい」をテーマに2800枚を超える
写真スライドを作成し、中型モニタ ーで連続映写するとともに、ハイラ
イトをA4写真で展示、コピー冊子、会報、ゲスト関連のHPを日替わり
展示しました。
 シアターでは公開中のHP・ブロ グを大型スクリーンで映写し、内容
を紹介後にゲストの話し、或いはビ デオの解説をしていただく8回のイ
ベントを組みました。
 HP最多登場人物である前綾部市 長の四方八洲男氏を招き「まちづく
りのエピソード 市長在任12年間 をふり返る」市制55周年での足利
尊氏公生誕700年祭から中東和平 プロジェクトまでのHPを紹介して、
Q&A形式でトークショウ。
 木下芳信氏には当会の35周年時 も議長祝辞の記録を紹介、嶋万神社
の太鼓踊り・太刀振りHP紹介の後、同保存会提供のビデオを映写、解説
をしていただきました。
 吉田晟風氏には弥仙山の春秋行事、於与岐八幡宮の祭礼HP紹介のあと、
当会報に本人投稿記事から、天狗の 鼻高の舞いを解説、市資料館提供ビ
デオの解説もお願いしました。
 高倉神社のヒヤソ踊り:四方續夫 氏。阿須々岐神社の御年貢:梅垣正
一氏提供ビデオ。綾部八幡宮のお田 植え式再興を元宮司の四方彰氏投稿
記事より紹介。村上高一会長からは 「人々の努力が文化財を守る」のテ
ーマで、会報の会長記事から仏像の 保存、文化協会の研修旅行:平城京
1300年祭から高津発の木簡など について話されました。
 この活動の中で、伝統芸能伝承の 問題、当会の悲願である民俗民具資
料館に廃校舎跡を活用する課題もア ピールでき、ふるさと綾部の各地で
行われている祭りや行事を地域を越 えて市民に紹介できました。
 会報「綾部の文化財」も無料配布 し当会の規約や活動についてもPR
出来ました。
 詳しい内容報告は、ブログ:綾部の文化財日誌をITでご覧ください。

<添付写真と脚注>
綾部市文化協会会報への提出原稿
綾部の文化財ミニ・シアター全景
手前から写真・HP展示・写真スライド・ゲストスピーチ・HP・ビデオ映写
写真提供:為廣英隆理事(楞厳寺副住職)

綾部市文化協会会報への提出原稿
前綾部市長:四方八洲男氏のトーク「まちづくりのエピソード」より
足利尊氏公生誕700年祭(市制55周年事業)を見ながら・・合成写真
写真提供:綾部市文化協会会報編集部

テーマ : 歴史大好き!
ジャンル : 学問・文化・芸術

綾部の文化財

あやべ紅葉まつり 大本金龍海、木の花庵一帯で見事な紅葉を楽しむ

第3回あやべ紅葉まつりが11月19~21日の3日間、紅葉の見事な大本神苑において行われた。主催:綾部もみじまつり実行委員会 綾部市本宮町にて
日没から午後9時まで神苑ライトアップが行われ、もみじ行灯が通路を照らし幻想的な紅葉が楽しめるが、今年は昼間の紅葉を取材した。(夜間の第1回もみじまつりは、こちらをクリックしてご覧ください。


金龍海の舟場の紅葉ポイント

金龍海を覆い、水面に写る紅葉が見事

ひときわ映える紅葉の彩り

沓島神社から木の花庵に向かう道も紅葉で染まる。散策道に沿い青竹の行灯が並ぶ

水面に写る色とりどりの紅葉と緑松、苔、石、青空で不思議な水鏡の満華模様

緑の苔むす「重要文化財:木の花庵(旧岡花家住宅)」の茅葺屋根をバックに紅葉が映える

苔むす「重文:木の花庵

木の花庵の囲炉裏 ここでの「もみじ演奏会」は午後4時から

もみじ色に染まる弥勒殿側回廊

光を透ける紅葉

陽光に映える紅葉 中央の大屋島神社(禁足地)の苔が、見事な紅葉を引き立てる

紅葉色の光芒を捉えた! 撮れた!!

金龍海の回廊を彩る紅葉も風情さまざま

弥勒殿側路から光を透かせる紅葉を楽しむ

2日目午後2時からの「もみじ音楽祭」 神苑の各所で、綾部にゆかりのあるミュージシャンたちによる演奏会が、午前10時、正午、午後2時、午後4時の4回行われている

弥勒殿前の「もみじ音楽祭」を楽しむ人々

賑わう御点前席

テーマ : お祭り&行事
ジャンル : 地域情報

綾部の文化財

綾部市制施行60周年記念・第18回綾部市資料館特別展示「庚寅の頁」

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」吉美地区の里町には「綾部市資料館」がある。今年は平成22年西暦2010「庚寅年(かのえのとらとし)」で綾部市制施行60周年記念・第18回秋の特別展示としては庚寅「庚寅の頁(かのえのとらのペー)」として60年毎の事物を捉えて展示されています!今から60年前は昭和25年(1950)も庚寅年で、更に60年前の明治23年(あ890)も庚寅年。60年ごとに同じ干支(かんし、えと)が現れる之が還暦(かんれき)です。更に60年前江戸時代の天保元年(1830)更にその前は明和7年(1770)と60年毎に時代を遡って見ていきます!江戸時代→室町時代→鎌倉→平安→奈良→飛鳥→古墳時代となんと34回の還暦で紀元前(BC)に遡ってしまいます。主として綾部市での出来事と特に比較を必用とするものは掲載されています。この特別展示は10月30日(土)から始まって11月28日(日)まで午前9時から午後5時まで無休で展示されています。入館料は200円のみ(中学生以下は無料、更に還暦60歳の方も無料ですが、運転免許書や健康保険証を見せて下さい。一見の価値はありますよ!

1.資料館入口の入ったところに「庚寅のペ-ジ」の絵が展示されています。
第18回綾部市資料館特別展示「庚寅の頁」

2.近澤豊明綾部市資料館長の説明を聞く綾部史談会のメンバー
第18回綾部市資料館特別展示「庚寅の頁」

3.江戸時代の文化の爛熟期の天保元年(1830)のもの
第18回綾部市資料館特別展示「庚寅の頁」

4.文明2年(1470)鎌倉時代のもの
第18回綾部市資料館特別展示「庚寅の頁」

5.嘉応2年(1170)平安時代末期のもの
第18回綾部市資料館特別展示「庚寅の頁」

6.貞観12年(870)平城京時代のもの
第18回綾部市資料館特別展示「庚寅の頁」

7.西暦510年以前紀元前のものまで、古墳時代国重文・私市円山古墳の鉄刀も見える!
第18回綾部市資料館特別展示「庚寅の頁」

国重要文化財私市円山古墳は下記をクリックして見て下さい。
http://ayabun.net/bunkazai/annai/maruyama/mkofun.htm

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テーマ : 歴史大好き!
ジャンル : 学問・文化・芸術

綾部の文化財

綾部の文化財ミニ・シアター8 阿須々岐神社の御年貢

綾部市総合文化祭参加の「綾部の文化財ミニ・シアター」3日目:11月4日(木)第8番目のイベントは1:30から、綾部市文化財を守る会ホームページ委員長が担当で行った。
テーマは「府登録無形民俗文化財:阿須々岐神社の祭礼芸能 1998年10月 金河内当番阿の御年貢(みねぐ)ー綾部市資料館提供

これは第5番目のイベントで梅垣正一幹事提供のビデオを使い取り上げたテーマと同じで、綾部市総合文化祭の最終日で早く終了するので、簡単にすませる予定でいた。ところが前日に再度「あやべ市民新聞」に紹介記事が大きく掲載され、この第8番目のイベントもPRしていただいたので、しっかり取り組むこととした。

しかしながら綾部市資料館提供のビデオの上映時間は短いので、急遽思い立って人集めを兼ねて、1:00から「冊子:丹の国・綾部」から作成したホームページを用いて話題を追加した。

歴史門外漢の私が綾部の文化財を守る会で、このイベントに協力している経緯

一昨日の「島萬神社の芸能祭礼」の紹介の中でまた、昨日の「阿須々岐神社の御年貢」の紹介の中で、私が初めてこれらの行事を知るきっかけになった「冊子:丹の国・綾部」を紹介しました。

綾部の文化財ミニ・シアター 丹の国綾部事始
冊子:丹の国綾部 フォトグラフィ イン あやべ」より

繰り返しますと、昭和46年(1971)綾部青年会議所が創立15・認証10周年の記念事業で発刊した冊子で、当時大都会へ人口流出が激しく、山陰の地方都市:綾部は過疎化の大波に晒されていました。危機感をいだいた青年たちは「綾部の魅力再発見写真コンクール」を行い、集まった作品を全紙大の木枠パネルに仕立て、この市民センター中央ホールの周回廊下全周囲に並べ作品展を行いました。

 当時を振り返って編集部長:吉田藤治氏の回顧録をご覧ください。
 今は亡き賢人、塩見清毅さんのリ-ダ-シップの下、鍋師有、大槻高仁、高嶋善夫、故波多野穣、池田博之、吉田等が相集い、昼となく夜となく、綾部の再発見と明るい未来を目指して市内をくまなく廻り、市内の数え切れない方々と語らい、写真を撮り、神社仏閣、史跡、古文化財、山、川と出会い、物狂いのように活動したものでした。
 その間、数多の方々のお世話になり、心温まるおもてなしを受け、心交わせた時間を持つことが出来ましたし、私達もまた如何に勉強が足らないかを痛感したものでした。
 かように綾部青年会議所発足以来の綾部に対する熱い思いは、先輩諸氏の若者らしい活発なる諸事業の積み重ねという大きな財産の上に、芽から苗、若木へと成長し、「ふるさと綾部の再発見と明るい未来像を目指して」を一つの集大成として、「丹の国・綾部」2冊組が、丹の色の函に入った大冊として発刊されたのであります。
 この一見無謀とも云える事業は、当時の文化協会の皆様方、ことに山崎巌先生を始め歴史学者の先生方から、こういうアプロ-チもあるという一定の評価を頂き、日本青年会議所会頭賞にノミネ-トされるという栄誉に浴したのでした。
 その後、久木、平野など後輩諸氏の更なる活動の積み重ねにより、綾部市民憲章制定後の活動展開へと昇華して行ったのであります。

付記>「綾部市市民憲章推進協議会」の組織も立ち上げました。
 また各年度事業として、社寺を回った「丹の国バスツァー」、安国寺帰りに土砂降りの雨に遭った「丹の国サイクリング」、上林川岸で焼肉をして子供たちに振舞った「丹の国魚釣り大会」、君王山口から歩いた「光明寺二王門俳句登山」、大本弥勒殿前広場に舞台をつくり演奏会をした「丹の国ライブ」・・・など様々な市民参加行事を繰り広げました。
 これらの集大成として「丹の国祭り」が定着し、「子供花みこし丹の国パレード」など今日も続いております。またこの行事の実行のために「綾部市青少年育成連絡協議会」を立ち上げました。

 西町の中央にありました「三つ丸映画館」から出火全焼し、2階にあった青年会議所事務局(JCルーム)も類焼して、これらの写真パネル、冊子編集の原稿、資料など全てが灰燼になりました。
 今日残るのは、出版した「丹の国・綾部」2000冊のみで、今や幻の稀少本となっています。そのため当時の編集部員と相談し「ホームページ:丹の国・綾部」に転載してきたところです。

綾部の文化財ミニ・シアター 丹の国綾部事始

フォトグラフィ イン あやべ」は、パネルを作成して「綾部の魅力再発見写真コンクール」の作品と委嘱した市民写真家の方々の集大成です。昨日四方八洲男前市長が子供時代に椎の実拾いをされたと云われた禁足の聖地:本宮山の「大本・月山不二」の写真もあります。写真班長はメンバーの大槻高仁君でした。

プロローグ:燃えよ丹の国」は、15周年記念事業実行委員長の故塩見清毅氏の手になり、「丹の国」という言葉を初めて世に問い、今日「丹の国・・」として定着しました。「あおによし やまとまほろば・・」に対し、朝焼けの燃える丹色(あかによし)「丹波の夜明け」を謳っています。西方浄土(ニライカナイ)にも通ずる色です。

第一話:国津神のふるさと」は私が執筆しました。あとで若干話します。
第二話:民話・杵の宮伝説」は、故波多野穣君(波多野書店)が書きました。
第三話:足利尊氏とその周辺」は高島善夫君(綾部商工会議所)が纏めました。
第四話:九鬼氏と綾部の人々」は吉田藤治編集部長(綾部魚菜)の手になるものです。この中で、「古代より悠々と流れ、大地を潤し、時には氾濫して人々を恐れせしめ、また舟を通わせて他国の物産と情報を伝え、丹波ラインに並松に私達の心を和ませてくれる由良川は、綾部のことを次の様に語ってくれる。
 「出雲文化の土壌の上に大陸の文明が融和して高度な民力を養い、強力に流れ入る平安文化は更に伝統に磨きをかけ、足利尊氏を生んだ誇り高き里は、平和な二百三十年の九鬼氏の治世を経て、初めて郡是と大本による綾部ナショナリズムの第一の開花を見るのである」と。」の名文を書いています。
第五話:民衆の宗教・大本」は故中村潤君(大本)が資料からまとめました。
第六話:蚕都をきずいた人々」は池田博之君(日東精工企画室)が纏めました。

綾部の文化財ミニ・シアター 丹の国綾部事始

別話:未来都市の論理「ふるさと」の中で、故塩見清毅実行委員長は、
「日本海ベルト地帯の中心、日本列島の中心の近畿圏と重なる極めて枢要な位置、それ故にこそ真の意味の中心的な調和都市たり得る・・広域行政圏の構想が具体化したとしても、その中で割拠する個性偏向都市群(臨海工業都市、商業都市、農林業都市、内陸工業都市、観光都市等々)を、綾部はその調和性の故に求心的につなぐ中核都市として動きをなすに違いない・・」と未来予想を述べています。
エピローグ:終わりなき終わりに」は塩見清毅氏(マルエス)です。

冊子「丹の国・綾部」は2冊組で、「別冊:未来への対話-新しい生活圏の創造をめざして-」がついています。

綾部の文化財ミニ・シアター 丹の国綾部事始

内容は、対話のはじめに、対話1:農業について、対話2:工業について、対話3:商業について、対話4:観光について、対話5:住宅について、対話6:福祉について、対話7:交通について、別 話:宗教都市として、終わりの対話 と政治経済社会の全般を網羅します。現在項目のみ収録しています。
「工業について」は図表入りで、池田博之君(日東精工企画室)の労作です。

綾部の文化財ミニ・シアター 丹の国綾部事始


「別話:宗教都市として」
は、大本の故出口栄二先生の寄稿です。ホームページに転載後、先生にコピーを差し上げると、丁寧に加筆修正いただいております。

残りの対話は、綾部青年会議所のメンバーの論議や当時の文献資料を集めて全て私が書き上げました。「Q&Aの対話形式」としたのは、一人で「問題提起」をして「その指針」を書く「論調形式」が難しく、問題が多岐にわたり、長短も激しいので、「自問自答のQ&A形式」にしました。

この応用で昨日の「前綾部市長:四方八洲男氏とのトーク・ショウ」もお願いし、お話の補足もあらかじめ用意しました。

この「冊子:丹の国・綾部」編集の無理が祟って、塩見清毅、吉田藤治、私の3名が病気になり(私は真直ぐ歩けないメニュエール氏病)、しばらく3人で大本の針治療に通いました。

綾部の文化財ミニ・シアター 丹の国綾部事始

丹の国・綾部 第一話:国津神のふるさと
 こころのふるさとというとき、私達日本人は何か自然に宿る神秘なもの、精神的なものの存在にそれを見出すのではないだろうか。

 それは古代日本人より受け継がれて来た山、石、水、火、太陽などに宿る神々への信仰にはじまり、庶民の生活に根づいた道祖神、土産神、あるいは、恋し冒険し土の臭いのする八百万の国つ神々への信仰の中になお強く感じられる。

 又それは今日になお細々と、しかし根強く伝承されて来た庶民の生活の喜び、悲しみ、怖れなどの感情を歌いあげたお祭り、祝事、神事、伝説、神話などに接するとき、又村々の古びた宮社などに接したとき、私達の心によみがえってくる郷愁でもある。

 もちろんそれは、日本を統一した皇祖神の天つ神々の信仰、そして外国より伝来した仏教、儒教などの経典、仏像、寺院などの中にもあるが、それらは歴史の中で政治の主流として、余りにも形式化されてしまったように思える。

 それは今日の物質的西洋文明の合理主義に偏し進んで来た社会。機械化、情報化、非人間化、人間疎外、過密、公害、享楽的なレジャ-、低俗な精神文明などの洪水の中であえいでいる私達の心に、それら日本古来のものは、心のふるさととして、何かひっそりと、しかも高まる情緒をもって語りかけて来るのである。
<中略>

 そしてここ日本のふるさと、日本人の心のふるさとである丹波(たんば)、何鹿(いかるが)の里、綾部の歴史を回想しながら、この地を逍遙するとき、私達はいたるところでふるさとを発見し、昔(いにしえ)の日本人の大らかな心に感銘を覚える時間が持てる。

 綾部地方は、非常に古くから人が住みつき開けていった。ここは日本のほぼ中央に位置し近畿の北の玄関口といえる日本列島最大屈曲部をなす入り江である若狭舞鶴湾に背面して立地している。
 
 丹波綾部には、帰化人文化の集積と、蚕糸業の隆盛による経済力を背景として、当時地方には稀な寺院建築が行われ、美しい仏教芸術を伴う七堂伽藍の大寺であったと伝えられる、綾中廃寺趾などがそれと思える。

 更に六世紀末、政治の革新に当たり聖徳太子は、仏教政策をもって日本統一の絆となしたが、丹波綾部には、太子の開設と伝えられる君王山光明寺がある。
 また当地を何鹿(いかるが)と呼ぶのも仏典によると伝える。

 綾部には、奈良時代に設立された寺院は数多い。僧行基の開設によるものとして高源寺、普門院、日円寺、西照寺、東照寺があり、林聖上人の開基によるという楞厳(りょうごん)寺など、今日に残る由緒ある寺院が多い。

 また仏教寺院の建設に刺激され、それまで自然物崇拝、あるいは神木、神柱の崇拝だった神々についても神社建築が行われるようになった。
 丹波綾部には、阿須々岐(あすすぎ)神社(和銅六年改祭)、島万神社(天平九年建立)などあり、以後平安時代にかけて無数の天つ神、国つ神々を祭る神社などが建立せられた。

 そして綾部は、この民衆の信仰、国津神々への祈りを基調として、日本神道、仏教、儒教思想などを総合調和し、その思想をもって今日の人間に、世界に問いかけ話しかける、平和宗教、大本を生み出した聖地として、未来に生きつづける心のふるさとである。

 綾部を散策するとき、幾多の古びた神社仏閣が、素朴な石仏達が、のどかな美しい山陰の自然の中にあり、昔の日本人の思考に私達を誘いかけるように静かな姿を見せてくれている。

 美しく目に映える青い田畑の中、新緑の山麓の中、乱れ咲く野の花々、薄紫の山つつじの花、桜、紅葉、白雪の自然に囲まれ、さえずる野鳥の声に包まれて建つ、その姿は、ふるさとの風情そのものである。

さて私の書いた「丹の国・綾部 第一話:国津神のふるさと」ですが、
 昭和46年に当時34才であった私が、冊子「丹の国・綾部」の「ふるさとへの回帰とその未来」に取り組むべく、編集部の1員として、塩見清毅、吉田藤治さんの両先輩と連れだって、資料収集のために、綾部町史の編纂者の村上祐二氏を安場の自宅に訪ねました。たまたま村上祐二氏は、私の弟の岳父であり、快く相談に乗っていただきましたが、その年に故人となってしまわれました。

 綾部青年会議所として、次にお世話になったのが、私の綾中3年担任の恩師:木下禮次先生でした。当時歴史クラブに入り夏休みに先生方に連れられて以久田野古墳発掘現場を見学に行った思い出もあります。

 「日本海時代の夜明け」「鳥取ー若狭ー金沢ー能登ー・の環日本海文明圏」「栗樫楢などの実を保存食にした照葉樹林文明」等等の新聞記事を折り込んで構成した拙文を「ふるさとへの回帰とその未来 第一話:国津神のふるさと」として書き上げました。 

 そして木下禮次先生から、丹波・山陰は、大和朝廷文化圏の最果てという常識を書き換えて、山陰こそ大陸文化往来の表玄関であったという「丹の国構想」を、メルヘンであると評価していただきました。

 綾部の文化財を守る会の会長:木下禮次先生には、その後も「丹の国・絵はがき」製作の監修をお願いするなど、いろいろとお世話になりました。「丹の国・絵はがき」には解説の小冊子(しおり)をつけており、仁王門→二王門など当時の漢字変換辞書は賢くなかったので、私の書いた原稿の言葉遣いの甘さを徹底的に校正していただき、流石に歴史・国語の先生だと感心するとともに、私自身が一皮剥けた向上をするのを実感しました。
 
 私が青年会議所の市民運動として、「市民憲章推進協議会」「青少年育成連絡協議会」の組織作りに関与した経験を買われ、先生から綾部の文化財を守る会の幹事綾部郷土資料館建設推進協議会の事務局長に推挙いただく事となり、先生方のお手伝いをさせていただきました。

綾部の文化財を守る会」には山下潔美先生という名事務局長がおられ、いろいろ教わりながら、先進地資料館の視察研修を組み、毎回市行政バスを利用して見学先を回り、コース、昼食場所まで教わりました。

府・市・教育委員会への陳情書も数回作成し、終には署名運動を行って市議の塩見一磨氏(山下潔美先生ご逝去後守る会事務局長)を紹介議員に立て請願しました。この時の経験は後に「テニスコート建設」の陳情をおこなった時に役立つ得難い経験になりました。

私市円山古墳が発掘され、出土品の収容で急遽「綾部市資料館」の建設が決まりました。
古墳を復元する「葺き石」集めを山下潔美先生等と軽トラックに乗って行ったり、資料館の監視カメラ設置の寄付募金を集めたりもしました。

要の山下潔美先生、木下禮次先生などが故人となられ、副会長の方々も高齢者となられてしまい、残された役員の方々と相談して「綾部郷土資料館建設推進協議会」を清算し、活動を古巣の「綾部の文化財を守る会」に引き継いでいただきました。

先生方の悲願であった「歴史郷土資料館」の建設はなりましたが、「民俗民具資料館」、「近世の歴史文書資料館」の建設は未定です。

綾部の文化財ミニ・シアター 丹の国綾部事始
ビデオ映写中 紹介のホームページ委員長

このあと予定の1:30からビデオ上映に入り観賞していただいた。
ビデオ名:京都府登録 無形民俗文化財「阿須々岐神社の祭礼芸能」
 1998年10月 金河内当番  ビデオ通称:御年貢(ミネグ)

他一枚:内容は同じと思えるので、こちらは上映しません。
ビデオ提供:綾部市資料館

阿須々岐神社の芸能祭礼の御年貢」についてこのシアターの中では充分説明出来なかったが、後日になり阿須々岐神社の近くにお住まいで「御年貢のビデオ」を提供いただいた梅垣正一幹事を訪ね、「御年貢奉納言葉」の冊子を貸していただいた。別途ビデオの写真と共に抜粋を編集して集録しました(ここをクリックください)

テーマ : 歴史大好き!
ジャンル : 学問・文化・芸術

綾部の文化財

綾部の文化財ミニ・シアター7 綾部の文化財を守る会会長:村上高一氏「人々の努力が文化財を守る」

綾部市総合文化祭参加の「綾部の文化財ミニ・シアター」3日目11月4日(木)第7番目のイベントは10:30から、綾部の文化財を守る会会長:村上高一氏を講師に迎え行われた。
テーマは「人々の努力が文化財を守る

イベント開演に先立ち「くらしを彩り、人々のコミュニケーションを深め、地域の活性化を生み出す、文化財と人とのふれあい」をテーマにした2800枚を超える写真スライドから本講演関係の105枚の連写を行った。また奥上林小学校廃校舎で行われたイベント「風土祭り」の取材写真の連写も行った

綾部の文化財ミニ・シアター 村上高一氏
1.国重文・木造阿弥陀如来坐像を祀る医王寺

綾部の文化財ミニ・シアター 村上高一氏
医王寺と国重文・阿弥陀如来像 会長記事

綾部の文化財ミニ・シアター 村上高一氏
村上会長が用意された医王寺の木造阿弥陀如来の写真
あやべ歴史のみち 綾部市資料館より収録


綾部の文化財ミニ・シアター 村上高一氏
2.上林谷の文化財を尋ねて研修会終了

綾部の文化財ミニ・シアター 村上高一氏
睦寄町下庄講中の仏像について1 会長記事

綾部の文化財ミニ・シアター 村上高一氏
睦寄町下庄講中の仏像について2 会長記事

綾部の文化財ミニ・シアター 村上高一氏
綾部の文化財ミニ・シアター 村上高一氏
村上会長が用意された写真:下庄廃寺の木造阿弥陀如来坐像・観音菩薩立像・勢至菩薩立像・二天像の5躯
あやべ歴史のみち 綾部市資料館より収録


3.京都市学校歴史博物館見学研修(いかるが民俗館)

綾部の文化財ミニ・シアター 村上高一氏
一般に「歴史郷土資料館」と「民俗民具資料館」の2館が必要であるが、綾部蚕糸同友会などの悲願である「民俗民具資料館」がまだ出来ていない。綾部の文化財を守る会に「いかるが民俗館」という組織が発足して、この問題の実現に向かい努力している。

 今日の経済情勢から新しい建設を望むのは無理だとして、少子化により統廃合される学校校舎の廃校利用が話題に上っている。ただ廃校舎を利用して単なる資料館づくりを行うだけでは、開店休業になるだけで、地域文化の中心として学校が果たしていた役割に代われるものでないので、飲食店にも入ってもらうなど、地域の活性化の手助けのできる資料館のあり方を様々に模索している。

 以下の「京都市学校歴史博物館」研修の目的は、どのような廃校舎利用がされているかを実地学習することであった。町衆が町会ごとに建てた「開智小学校」の格式ある校舎建築を保存するとともに、様々な活用の工夫をこらし運営されていて参考になった。

 また偶然、京都市からの学童疎開の資料がイベントで展示されており、綾部市各地への学童疎開の事情が解るとともに、追跡調査を行った。

 奥上林小学校廃校舎跡も下記の調査でわかるように、「民俗博物館に利用の案:学校民俗民具資料室の写真はここをクリック下さい」もあったようだが、現在は貸館業務が行われているとのこと、その奥上林小学校廃校舎を使って先般、地元村おこしNPOの手により「あやべ上林風土祭り」が行われ1500人の人出で賑わった。取材してきたので別途紹介する。写真のみ開会前の時間帯にスライドで映写を行ったところである。

綾部の文化財ミニ・シアター 村上高一氏
京都市立小学校学童集団疎開一覧より 綾部市関係分の一部を抜粋 (日付、疎開元の学校名なども省略しています)
物部村 3年生以上171名 教員6名 寮母9名 作業員6名 長楽寺満福寺常福寺自得寺に分宿
東八田村 3年生以上110名 教員6名 寮母7名 雲源寺安国寺禅得寺に分宿 東八田国民学校に通学
吉美村 95名 教員7名 寮母3名 作業員5名 有岡公会堂妙泉寺里公会堂に分宿 吉美国民学校に通学
吉美村 児童19名 有岡寮妙泉寺寮里寮に分宿 吉美国民学校に通学
小畑村 児童99名 教員6名 高源寺普門院天王寺惣持院に分宿
西八田村 3年生以上81名 教員4名 寮母4名 作業員4名 淵垣公会堂梅厳寺妙徳寺に分宿 中筋国民学校に通学
中筋村 4年以上105名 教員8名 慈恩寺高津寮安場公会堂に分宿 中筋国民学校に通学
以久田村 3年生以上131名 以久田国民学校に通学 高台寺浄泉寺瑠璃寺に分宿
口上林村、中上林村、奧上林村 3年生以上165名 教員7名 寮母8名 作業員7名 如是寺玉泉寺精養軒永勝寺宝蔵寺金剛寺に分宿 口上林国民学校中上林国民学校奧上林国民学校に通学
中上林村、奧上林村 児童42名 教員2名 大龍寺無量寺に分宿 中上林国民学校奧上林国民学校に通学
綾部町、吉美村 児童291名 綾部国民学校に通学 玄功寺了円寺吉野寮宝しゃく寺興福寺心田院千手院に分宿
綾部町、吉美村 2年生以上児童数名 不明
綾部町 児童122名 3ケ寺に分宿 一部伝染病のため、10月中旬までに帰宅を延期した児童があり。

備考:学童の疎開先について、「HP:綾部の文化財」の「読みカナ順 綾部の文化財一覧表」などから現在の様子が判る寺院もあります。また当寺院の所在地をクリックすると、MAPION地図所在地近辺が表示されます。上記の「文字リンク」をクリックしてください。

なお全焼して近在に改築された綾部小学校
同じく近在に改築された以久田国民学校→豊里東小学校
統廃校され施設に転用された小畑小学校→豊里西小学校里山ネットあやべ
口上林小学校黒谷和紙工芸の里
奧上林小学校→中上林小学校に統合。
中上林小学校→統合されて現在上林小学校に名称変更。
中筋村・延の中筋国民学校(現中筋小学校)と、西八田村・中筋の中筋国民学校(現西八田小学校、綾部市中筋町)の同名2校があったようです。
精養軒は、まるいという旅館になっています。
合寺され名称の変わった永勝寺(八津合町馬場にあったが現在寺はない)+大龍寺→上林禅寺(元大龍寺跡)などもあります
興福寺は、現在福知山市の佐賀、戦前は印内村と呼ばばれたところにありましたが、現在は廃寺でありません。
学童疎開では、綾部旧町内の隆興寺西福院にも泊まって綾部国民学校へ行っていたそうです。
以上綾部史談会にて調査していただきました。

地元選出の白猪市議会議員さまに「洞峠の風にふれる交流会」でお会いし、問い合わせたところ、次の回答を得ました。上記と合わせて参考ください。
○「無量寺」につきましては、地元の小仲地区に「無量寺」がありまして、こちらは、現在、無住の寺ですが、寺としては登録は残っております。自治会で寺を管理しております。廃寺ではありません。
○奥上林小跡地の利用ですが、地元の地域振興協議会で、廃校当時に跡地利用の検討委員会を、立ち上げました。「民俗博物館」など、諸案ありましたが、諸事情(頼りとしていた方の急逝など)あり、現在、研修施設としての貸し館業務が主となっています。
その他、地元消防団分団本部が一教室借りており、年末、災害時は本部詰め所として使われます。上の敷地の幼稚園跡地には、村おこしNPOが1教室借りており、事務局を構えています。ときどき使われているようです。
 向日市からみえている立体作家の方が、継続してアトリエとして、一教室使われています。私としては、こうした利用がもっとないものか、と思っております。


綾部の文化財ミニ・シアター 村上高一氏
学童集団疎開の写真について  会長記事

綾部の文化財ミニ・シアター 村上高一氏
会場で配布された日彰国民学校の学童疎開の碑文

綾部の文化財ミニ・シアター 村上高一氏
次は綾部市文化協会研修旅行(平城遷都1300年祭を見る)に参加した記録「ブログ:綾部の文化財日誌」の紹介です。広がる草地の下は平城京の遺物で埋まっていると聞きましたが、この広大な平城京跡地も一人の篤志家が買い集め保存されて来たものと云うことです。「人々の努力が文化財を守る」の今回のテーマです。
綾部の文化財ミニ・シアター 村上高一氏
4.綾部市文化協会研修旅行(平城遷都1300年祭を見る)3

綾部市文化協会研修旅行(平城遷都1300年祭を見る)1~5
 http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/852.html
 http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/853.html
 http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/854.html
 http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/855.html
 http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/856.html

綾部の文化財ミニ・シアター 村上高一氏

平城宮跡の見学と長屋王邸跡出土の木簡について 会長記事

 長屋王は奈良時代に活躍した皇族出身の政治家である。政界のライバルだった藤原氏の四兄弟の陰謀によって無実の罪を着せられ、729年自害に追い込まれた。

綾部の文化財ミニ・シアター 村上高一氏
妻の吉備内親王は夫以上の高貴な出で、母・兄・姉がみな天皇。唯一天皇でない父の草壁皇子も、天皇に準ずる高い地位にあった。
 政界で実権を握った長屋王と高貴な血統の妻・吉備内親王、権力と権威をもった二人の子どもたちが有力な皇位継承者と見なされるのも必然であった。これがライバルの藤原氏にとって脅威だった。
 結局、次期天皇にもっとも近かった長屋王一家は「国家を傾けようとした」罪で自害させられてしまった。だが長屋王は無実だったと奈良時代の正史「続日本紀」ははっきり書き残している。長屋王の変と云われている(出典:日本の神様と神社・恵美嘉樹氏より)

最後に綾部の文化財を守る会副会長:泉美千代さんから来場者に対し、謝辞を述べていただき終了した。

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綾部の文化財

綾部の文化財ミニ・シアター6 綾部八幡宮のお田植え式

綾部市総合文化祭参加の「綾部の文化財ミニ・シアター」2日目11月3日(祭)第6番目のイベントは3:00から、綾部の文化財を守る会ホームページ委員長を解説者に行われた。
テーマは「綾部八幡宮お田植え式

イベント開演に先立ち「くらしを彩り、人々のコミュニケーションを深め、地域の活性化を生み出す、文化財と人とのふれあい」をテーマにした2800枚を超える写真スライドから、綾部八幡宮関連の122枚の大型画面連写を行った

さらに時間前に人集めを兼ねて、シアター会場入り口壁に貼り出された文書の説明を行った

おことわり
モニタの透過光で見るインターネットの画像は、大量の画像の読み込みを速くするため、小さく軽くしてあります。
そのため、プリント印刷やプロジェクタ画像にすると画素密度が低いので鮮明さが失われ、色調も悪くなっています。透過光画像との違いですのでご了解ください。

綾部の文化財日誌コメント制限のおことわり
HP:綾部の文化財 および ブログ:綾部の文化財日誌は、学校のインターネット教育で優良サイトとして、子供たちに見ていただいています。
そのため不健全なSPAMコメント防止のため、コメント記入できません。「綾部の文化財掲示板」に書き込みください。

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おじいさんの古時計―思い出に残したいもの、それが文化財です。
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・写真はデジタル化後、メモリーはコピー後にお返しします。
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綾部の文化財ミニ・シアター 綾部八幡宮のお田植え式
貼り出されたA4写真、今日のHP・ブログコピーの展示を見る人々

定刻になり、ミニ・シアターのイベントを開始した。

綾部の文化財ミニ・シアター 綾部八幡宮のお田植え式
HP:みこし巡行(写真:片山道子会員提供)

綾部の文化財ミニ・シアター 綾部八幡宮のお田植え式
HPお田植え式再興について(会報記事:四方彰宮司 写真提供:片山道子会員)

 綾部八幡言のお田植式は、地域の古老によりますと、終戦前(1943年)頃までは、継続して伝承されており、それを見たといわれています。しかし、その後今日に至るまで約五十年間、まったく廃絶しておりました。
 平成二年、私が八幡言に奉職いたしました折に、書庫に保存されていた書類に目を通しているうちに、去る昔、八幡宮神子(ミコ)を勤めていた、井倉村の福林家に伝わる古文書で、寛政八年(1796年)に写本された古文書の写しを見付けました。
 これを解読しようと思い立ちまして努力いたしましたが、なにしろ二百年前の記述で、変体仮名の上、虫損、紙皺(シワ)等で容易な作業でなく、四苦八苦いたしておりました所、梅原三郎先生のお教えをいただき、京都府教育委員会によって、昭和五十四年に集録発行された、「京都の田遊び」の調査報告書に福林家文書の全容が記載されていることが判りました。
 綾部八幡宮では、現在も例年四月三日に、綾部地区(郷)の総鎮守祭礼と位置づけられて、例大祭を斎行していますが、従来から、この祭礼に「お田植式」が奉納されておりました。
 古老の記憶によりますと、約五十年前には、神職がひとりで演じていたようですが、これは、長い歳月の流れの中で風化して、かなり原形が崩れて簡略化されたものであったようです。
 今回の再興にあたっては、京都府教育委員会、綾部市教育委員会、上田正昭先生(大阪女子短大学長、元京都大学教授)のご指導を受けることとなり、明確な記録資料がある以上、これを忠実に再現すべきだという事になり、一気に二百年の歳月を遡って、その姿を取り戻すことになりました。
 さて、お田植式の古文書は、いわば、式の台本のようなものでありまして、式場の配置図を始め、演者、参列者の着座の位置、小道具の位置、展開する順序、台詞、歌詞が具体的に克明に記されています。
 以下、その大要を紹介いたしますと、拝殿の広前に十畳半の舞台をしつらえ、その周囲に、八幡宮氏子中の代表、二宮、若宮、熊野、味方の各社の禰宜、神子と、お田植の仕草を中心的に演ずる半左衛門と兵衛が着座します。
 先ず神前に拝礼の後、暦を見ることから始まり、苗代見、苗代起こし、牛を引き廻しての代かき、草撒き、柄振りによる田慣らし、種播き、烏追いと進み、続いて、歌に合わせて、八幡宮、二宮、若宮、熊野、味方各社の禰宜が立ち苗取りに移ります。
 苗取りが終わると先の人たちにより、昼食をはさんで、午前と午後に分けて、歌に合わせて田植の仕草を演じます。
 最後に、傘鉾(花傘)を押し立て、噺しと共に練り込み儀式が終わります。
 現在、八幡宮に保存されている物は、古文書の写しの外に、半左衛門が着用する翁の面、太鼓、鼓(つづみ)等がありますが、今回の再興にあたって、ほとんど新調することとなり、京都府の援助を受けたことは、大きな励みとなりました。

綾部の文化財ミニ・シアター 綾部八幡宮のお田植え式
HP綾部八幡宮お田植え式奉納(写真:木下和美会員、資料:鐙、片山会員提供)
木下和美氏よりいただいた「手札版の写真」をスキャナーにより「デジタル化」して、定位置(座席)からの写真であったので、「トリミング」により大幅に変化を付けました。

綾部の文化財ミニ・シアター 綾部八幡宮のお田植え式
応神天皇を祀る「綾部八幡宮の春季大祭と五穀豊穣を祈るお田植え式」

綾部の文化財ミニ・シアター 綾部八幡宮のお田植え式
ビデオ名:無形民俗文化財「綾部八幡宮の御田植祭」 ビデオ提供:綾部市資料館

参考
綾部八幡宮のホームページ 名島正倫宮司 作成
http://www.kyoto-jinjacho.or.jp/shrine/12/820/index.html

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綾部の文化財

綾部の文化財ミニ・シアター5 阿須々岐神社の芸能祭礼

綾部市総合文化祭参加の「綾部の文化財ミニ・シアター」2日目11月3日(祭)第5番目のイベントは1:30から、ビデオを提供いただいた綾部の文化財を守る会幹事:梅垣正一氏をゲスト・解説に迎え行う予定であったが、健康を害されご欠席となったので、ホームページ委員長が代行して行った。
テーマは「阿須々岐神社の芸能祭礼 御年貢(みねぐ)」

イベント開演に先立ち「くらしを彩り、人々のコミュニケーションを深め、地域の活性化を生み出す、文化財と人とのふれあい」をテーマにした2800枚を超える写真スライドから、阿須々岐神社関係の38枚および物部・志賀郷関係の182枚の大画面映写を行った。

綾部の文化財ミニ・シアター 阿須々岐神社の芸能祭礼
スクリーン映写された画面で説明するホームページ委員長

綾部の文化財ミニ・シアター 阿須々岐神社の芸能祭礼
ホームページ阿須々岐神社・薬師堂より

阿須須伎神社
祭神:天御中主神(あめのみなかぬし)高皇産霊神(たかみむすび)神皇産霊神(かみむすび)道主尊命(みちぬしもちのみこと)
 本社は、吾雀宮(あすすぎのみや)又は、金宮(かねのみや)大明神といわれ、明治12年式内社にある阿須々伎神社の社号を認可された。
志賀の七不思議の一つで、節分の日、茗荷占いをして、稲作の豊凶を神意に問う神事が伝わっている。 昔は丹後方面から沢山参拝者があった。
 又、10月17日の大祭には、氏子中より選ばれた射手による金的を撃つ弓の行事や、太刀振り、風流踊り、狂言などの郷土芸能が奉納される。
 本社の後背の高い山は、金ケ峯と呼び、古代郷土人の信仰した霊山で、阿須須伎神社と共に原始信仰の古い形を伝えている。

指定文化財
京都府登録文化財 阿須々岐神社本殿 建造物 1棟 江戸時代
京都府登録文化財 摂社大川神社本殿 建造物 1棟 江戸時代
京都府登録文化財 祭礼芸能 無形民俗文化財 中世的な
京都府決定 阿須々岐神社文化財環境保全地区 環境保全地区

これらのHPの最下部には「冊子:丹の国・綾部」から、島萬神社、阿須々岐神社などの写真を転載しています。私が初めてこれらの行事を知るきっかけになった写真です

綾部の文化財ミニ・シアター 阿須々岐神社の芸能祭礼
冊子:丹の国綾部 フォトグラフィ イン あやべ」より

 昭和46年(1971)綾部青年会議所が創立15・認証10周年の記念事業で発刊した冊子である。当時大都会へ人口流出が激しく、山陰の地方都市:綾部は過疎化の大波に晒されていた。危機感をいだいて「綾部の魅力再発見写真コンクール」を行い、集まった作品を全紙大の木枠パネルに仕立て、この市民センター中央ホール(当時は中丹文化会館なく最大のイベントホール)の周回廊下全周囲に並べ作品展を行った。何回も廊下をぐるぐる回るので、我々JCメンバーは「丹の国・綾部の廊下トンビ」と自虐したものである。
 今回もまた同じ中央廊下に「ふるさとの写真展」を張り出しイベントを行っている。未だ「丹の国・綾部」を卒業出来ずに「廊下トンビ」をやっていると思うと感懐深い

綾部の文化財ミニ・シアター 阿須々岐神社の芸能祭礼
ホームページ志賀の七不思議茗荷さんをスライドで紹介

志賀の七不思議と「茗荷さん」の縁起
 今からおよそ1400年前の崇峻天皇の頃、大和朝廷は国の中心勢力を固めるため、金丸親王を遣わし、丹波の国々の地方豪族を征伐することになりました。すさまじい戦いに悪戦苦闘の末、ようやく丹波の国々を平定した金丸親王はおおいに喜び、これ一重に神仏のおかげによるものと、丹波の国々に七仏薬師如来を納め、国家の安泰を祈りました。
 また志賀の里の「藤波」「金宮」「若宮」「諏訪」「向田:後の篠田」の五つの社を厚く信仰されたということです。
 親王の子孫、金里宰相は、この五社の大明神に千日参りをされ、これを記念して藤波大明神には「藤」金宮大明神には「茗荷」若宮大明神には「萩」諏訪大明神には「柿」向田大明神には「竹」をお手植えされ、国家の安泰と子孫の繁栄を祈願され、このことを大和朝廷に報告されました。
 この時以来、この志賀の里にいろいろ不思議な奇瑞があらわれるようになったということです。
 なお、この五社のほかに、向田の「しずく松」「ゆるぎ松」にも同時に不思議な霊験があらわれ、これらをあわせ「志賀の七不思議」として今に語りつがれています。
その奇瑞  阿須須伎神社=金宮大明神の「茗荷さん」
 毎年旧暦の正月三日になると、日の出より8時までの間に、清水の流れる「お宝田」から茗荷が3本出るのです。
 これを神前に供え、その茗荷の出る場所、その育ち具合いから、その年の稲作の早稲(ワセ)中稲(ナカテ)晩稲(オクテ)の吉・凶を占い、またその年の作物の出来具合い、風水害、かんばつまでも占います。
 この神事は、今も新暦の2月3日に「茗荷祭 祈願祭」として行われ、地元の人からは「ミョウガさん」として親しまれています。
 参拝者には、この占いの写し(お宝付きの写し)と魔除けの矢、甘酒、お餅などがふるまわれます。
 是非一度お詣りください。 志賀郷公民館

ここで取材記を紹介します。
茗荷さん取材
2月3日朝は、前夜の積雪が踏みしめられて氷結した上に、薄く新雪が舞う最悪の路面となり、テカテカ、つるつるの道を中学生が滑りながら登校する有様で、急坂でトラブリ、タイヤチェンを付けて金河内まで走行することとなった。遅刻する旨を梅垣正一志賀郷地区自治会連合会長に電話し、着いたときは10時半前で「茗荷田」の刈り取りは終わっていて、拝殿の前に一同が集まられ、大志万昌次宮司から「茗荷占い」の解説を聞かれているところであった。 降りしきる雪の中でお祓いが行われ、登尾峠の登山などでお世話になった相根良一志賀郷和会長などの皆様、梅垣和夫体協評議員(テニス)など知っている地元の方々とお会いし、甘酒の接待をいただいた。

次は最近の取材で金河内町が当番された阿須々岐神社秋の大祭 (4年ぶりの太刀振り)のブログ(記事・写真:四方續夫氏)です

綾部の文化財ミニ・シアター 阿須々岐神社の芸能祭礼
祭礼が4年毎の当番で行われており、少子化のため府指定文化財の子供狂言と太刀振りを演じられる方が金河内町でしか揃わず、今日4年毎の演出になっているとのことです。

綾部の文化財ミニ・シアター 阿須々岐神社の芸能祭礼
上映のビデオを見ながら説明するHP委員長

上映ビデオ 梅垣正一幹事提供
「平成10年 大弓行事 子供狂言、太刀振り」
「平成14年 御年貢と振物はらりのみ 練りこみ、餅まき」90分


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綾部の文化財

綾部の文化財ミニ・シアター4 綾部市前市長:四方八洲男氏「まちづくりのエピソード」

綾部市総合文化祭参加の「綾部の文化財ミニ・シアター」2日目の11月3日(祭)第4番目のイベントは10:30から、前綾部市長:四方八洲男氏を特別ゲストに迎え、
演題:「まちづくりのエピソード -市長在任12年間をふり返る-」で行われた。

イベント開演に先立ち「くらしを彩り、人々のコミュニケーションを深め、地域に活性化を生み出す、文化財と人とのふれあい」をテーマにした2800枚を超える写真スライドから、このトーク・ショウで採り上げる122枚の連写を行い、またトーク中にも映写した

綾部の文化財ミニ・シアター 綾部市前市長:四方八洲男氏
はじめに・歓迎のことば
 長年間に及ぶ綾部市政で示されました、前市長様の「きらりと光るまちづくり!」、「綾部に人を!」のご指導に共感して、当綾部の文化財を守る会におきましてもホームページ「綾部の文化財」ブログ「綾部の文化財日誌」などの記事取材、公開を通じて着々と実績を積み重ね、神社仏閣などの文化財、祭事の紹介に止まらず、市内で行われる数多くの観光イベントなどをも紹介してまいりました。

 その結果今日、文化財、歴史関係のインターネット記事として全国でも高い評価をいただくようになり、綾部からの情報発信として定着いたしました。

 今回綾部市制施行60周年にあたり、当会も初めての試みとして所属している綾部市文化協会の開催する綾部市総合文化祭に参加し、インターネットで公開中の記事(写真)を中心に、当会の活動および綾部の文化財行事の紹介をおこなう事業を計画いたしました。

 綾部市で行われる数多くのイベント行事の取材にあたり、前市長様には主催者として、またご来賓としてご出席されました数多くの写真を撮らせていただき、記事として紹介いたしております。

なによりもこの企画における主役ゲストとしてお迎えしたく、極めてご多用のこととは存じましたが、ここにご出席いただきまして、ご高話を拝聴出来ますことを欣快に思い心からの歓迎の言葉といたします。

スピーチのシナリオについて Q&A方式でお話しいただきたいと存じます。
1.HP映写:取材した記事(写真)を最初にスクリーン映写で紹介します。
2.Q:簡単な質問をさせていただきます。
3.A:フリートーキングでご自由にいろいろとお話しください。

設問1.足利尊氏公生誕700年祭(市制55周年記念事業)

綾部の文化財ミニ・シアター 綾部市前市長:四方八洲男氏

Q司会:綾部に生まれた名将・足利尊氏公になられた、お気持ちはいかがでしたか。
またこの行事のエピソードや綾部の文化歴史についてのご認識をお聞かせください


綾部の文化財ミニ・シアター 綾部市前市長:四方八洲男氏

あれこれと活動のエピソードや、裏話、ご自身の子供時代の体験などを織り交ぜて、楽しい話をされる前綾部市長:四方八洲男氏

 素晴らしい話術で楽しく新発見の多いトーク・ショウになりました。以下はスライド映写に勤めながら、Q&Aを司会進行させた私の記憶の一部です(文責:鍋師有)

A四方八洲男氏:京都市で行われる時代祭りに室町幕府:足利氏一族の行列がない。京都の都文化に数々の功績を残し、足利氏所縁で創設された有名寺院も数多い。全国の足利氏ゆかりの市町村にも働きかけ、京都時代祭り保存会などにも賛意をいただいて、室町行列が発足できた・・・

設問2.上林川まつり
市に事務局がおかれている観光イベントが多数あります。前市長様はその殆んどにご来賓としてご出席され、素晴らしい祝辞を話されました。一例ですが・・


綾部の文化財ミニ・シアター 綾部市前市長:四方八洲男氏

Q司会:この川祭りにおいてもボートに乗り会場に入られ、上林川を美しくする活動や地域あげての祭りの開催について労をねぎわれ、まちづくりへの激励のお言葉をいただきました

 全てのイベントにおいて地域の事情や活性化に詳しく、(部下の作文に任されない)
ご自身の感性あふれるご祝辞をいただきましたが、その極意をお聞かせください。

A四方八洲男氏:やはり準備が大切、話す用件をいつも頭の片隅に入れて、ひらめいたことを順次メモに残してまとめる。今の政治家は準備、努力が足りていない発言が多い。

 「上林七里野」という四方英生先生の編集された図書と、推薦のカバー記:四方八洲男(前綾部市長)ここをクリックしてご覧くださいの紹介をいただきました。

設問3.あやべおどり
前市長様にはあやべおどりのご祝辞のあと、ご自身も踊りの輪に入られる風流人。
この総合文化祭で油絵を出展されたり、自治会対抗のソフトボール大会にも一選手で参加されるなど、目線を市民と同じ高さで楽しまれるという市民参加を実践され、心から尊敬しております。

綾部の文化財ミニ・シアター 綾部市前市長:四方八洲男氏

Q司会:市民参加意欲の高いことが「きらりと光るまちづくり」の原動力といわれていましたが、如何でしょうか。
また子供たちが「ふるさと綾部」のなかで、すくすく育っていくことが大切だと思いますが、ご自身の「ふるさと愛」の形成、子供時代と比べていかがお考えでしょうか


A四方八洲男氏:子ども時代は並松にも一通りの店屋が揃っていた。菓子屋、食品店、材木屋・・など遠くに出かけずに暮らしの用が足りた。由良川や山で遊んだ、大本の本宮山は今は禁足地になっているが、子どもたちは大目に見られていて椎の実を拾ったりした。

学校生徒のふるさと学習会や種々の団体青年たち、地域住民と市長対話をもち「ふるさと教育」の機会をもった。

設問4.元旦早朝平和祈願、国旗・市旗・世界連邦旗掲揚式

綾部の文化財ミニ・シアター 綾部市前市長:四方八洲男氏

Q司会:元旦早朝の大雪の中の寺山登山。毎年冬夏の行事、大変ご苦労様でした。
健康上どんなご配慮をされておられたのでしょうか


A四方八洲男氏:決して頑強な体格でもないが、12年間の市長在任中、無病息災で勤められた。

設問5.中東和平プロジェクト(綾部で再び「友好」の輪を結ぶ!3日目 歓迎市民大会)

綾部の文化財ミニ・シアター 綾部市前市長:四方八洲男氏

Q司会:エルサレム市との友好都市提携、中東和平プロジェクト、世界連邦都市運動など世界平和への綾部の活動についてお話しください
担当を取材にあたりました四方續夫に代わります。

A四方八洲男氏:綾部市として世界連邦運動や寺山の平和祈願祭、地球市民の集いなど、市民参加の取り組みを行ってきたが、中東和平に何か貢献できないかとふとした事から発想した。各国・日本国においても非常に中東和平の問題解決は困難を極めていた!

思い立って保安で身体チェックの厳しい中を、外務省やイスラエル大使館、アラブ大使館など訪れ協力を依頼した。最初は実現が無理だと云われたが、何度も折衝し実現の道筋をつけた。

イスラエル、アラブの戦災遺児たちが飛行機に同乗して、テルアビブ空港から飛び立ったという知らせを聞いたとき、丁度雨天の雲間から日光が射し込み心が晴れ晴れとした。

この小さな人口37,000人の綾部市の草の根運動を発想して始めてみたのが、現在も続いているのは奇跡のようだ!

関連ブログ:中東和平プロジェクト・1日目の来綾歓迎
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/893.html
中東和平プロジェクト・2日目のホームステイ、植樹など
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/900.html

設問6.Q司会:その他印象に残ったことなど何でもお話しください
A四方八洲男氏:あれこれとオフレコのスピーチがあった最後に、ご自身の健康法について、聴講に見えられた奥様にたのまれ、資料「ストレッチ体操・真向法(第1~4体操の説明・図解)」を取り寄せ話していただきました。
また講演後にファンの女性たちに囲まれ、詳しく話される光景もありました。

参考>インターネット検索で調べました
ストレッチ体操 5分でできる・真向法
http://homepage2.nifty.com/yokido/5.taiso/4makkoho.htm
ストレッチ体操 究極のシンプル体操・真向法のビデオ
http://video.nifty.com/cs/catalog/video_metadata/catalog_080827115866_1.htm

素晴らしい話術で楽しく新発見の多いトーク・ショウになりました。以上の「A四方八洲男氏:」の発言とあるのは、スライド映写に勤めながら、Q&Aを司会進行させた私の記憶の一部です。あれこれと様々な話題で素晴らしいエピソードをお話しいただきましたのに、不十分な記録で申し訳ありません。(文責:鍋師有)

綾部の文化財ミニ・シアター 綾部市前市長:四方八洲男氏
満席の会場で熱心に聞く人々

<各設問において、あらかじめ準備した資料など>
備考1.綾部安国寺
 安国寺堂内には平安初期の作で、恵心僧都の作といわれる木彫りの地蔵菩薩の半価像が安置されています。嘉元二年、足利貞氏の妻清子が、この地蔵尊に祈り尊氏を産んだといわれています。尊氏は、長い政権の座に安住し、闘犬や遊興に耽り、治政をかえりみない北条幕府に危機感を抱き、源氏の惣領として新興武士集団の擁立により幕府に叛き、後醍醐天皇に順じましたが、さらに天皇の建武の新政に対しても時代の流れに逆行する反動的な体制に叛かねばなりませんでした。

 室町幕府を設立し足利将軍となって、相模入道高時をはじめ、元弘以来の幾多の戦乱で死んでいった武者の霊を供養し、国土安穏の祈願のため全国に安国寺利生塔を設け、人心の安定を祈願しました。貞和二年に当寺は、天庵妙寿和尚により景徳山安国寺として、丹波の国に開山されました。

備考2.感性あふれるお話し
 新市長にご就任まもなく綾部RCでゲストスピーチを賜りました。府議から市長への転換研修中と云われながら素晴らしいお話をされましたが、プログラム委員長として傍でお世話しながら、開会前のひと時、一心に話題をメモ用紙に整理推敲されているお姿を拝見し、このご努力こそ名スピーチの元と感銘いたしました。

 後日お話しの内容を録音テープより書き出し、RC週報原稿として市広報でチェックして貰いましたが、曖昧なデータは皆無とのことで、再度感心させていただきました。

備考3.目線の低さ
 綾小PTAの年度末総会で障害児学習部を創設して会長を私に引き継がれました。どんな活動をするべきか悩みましたが、物部の渡辺歯科の先生に「目線を子供と合せて話しをすることから・・」と障害者施設の見学を薦めていただきました。中丹養護学校設立準備の進む中で向日町や、精華町の養護学校を綾小Pや連Pで訪れました。
 いつも率先して大切な活動の糸口をつけていただき、大変感謝しております。

備考4.弥仙山から寺山へ平和コール
 21世紀を迎える元旦のご来光を仰ぎに、寒風暗闇をついて、20cmの新雪を踏んで於与岐の吉田晟氏(現文協理事長)等と弥仙山に登り、頂上から頭巾山の稜線にあがるご来光を仰ぎました。ノート・パソコンを持って上がられた吉崎孝典氏(守る会会員)は、HP「弥仙山の四季」で平和メッセージを発信されました。
 寺山の平和祈願を終えられた四方市長様に携帯電話でお電話し、元旦のご挨拶をいただきました。

備考5.世界平和への取り組み
 市長室横の企画室において行われたエルサレム市との友好都市提携の熱心な諮問討議などを思い出します。

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綾部の文化財

綾部の文化財ミニ・シアター3 高倉神社のヒヤソ踊り

綾部市総合文化祭参加の「綾部の文化財ミニ・シアター」第1日目11月2日(火)第3番目のイベントは3:00から、綾部の文化財を守る会事務局長:四方續夫氏(ホームページ副委員長)をゲスト・解説者に迎え行われた。テーマは「高倉宮以仁親王(天一さん)を祀る式内社高倉神社のヒヤソ踊り」

イベント開演に先立ち「くらしを彩り、人々のコミュニケーションを深め、地域の活性化を生み出す、文化財と人とのふれあい」をテーマにした2800枚を超える写真スライドから、今回の話題に関連する「吉美地区272枚」の連写を行った

綾部の文化財ミニ・シアター 高倉神社のヒヤソ踊り
ご自身の編集したブログ「綾部の文化財日誌」や会報「綾部の文化財」を見せながら説明される四方續夫氏

綾部の文化財ミニ・シアター 高倉神社のヒヤソ踊り
ホームページ:高倉神社:高倉神社の由来略記や指定文化財、祭日などが記載されている

綾部の文化財ミニ・シアター 高倉神社のヒヤソ踊り
ホームページ:ヒヤソ踊り:宵宮、6ケ村の神社から出陣、本殿の礼拝、ヒヤソ踊り、里宮へのお旅行列、里宮での賑わい、ヒヤソ踊り、日子さまなど写真記録

綾部の文化財ミニ・シアター 高倉神社のヒヤソ踊り
有名な高倉宮以仁王を祀る式内社・高倉神社の秋の大祭1
綾部の文化財日誌からスライド映写

上記に続く「その2~4」の記事
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/768.html
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/769.html
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/771.html

綾部の文化財ミニ・シアター 高倉神社のヒヤソ踊り
有名な高倉宮以仁王を祀る式内社・高倉神社の秋の大祭5
里宮で行われた「ヒヤソ踊り」など

参考>京都府指定文化財の見事な拝殿を持つ式内社・高倉神社の秋祭り幟立て
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/766.html

綾部の文化財ミニ・シアター 高倉神社のヒヤソ踊り
会報「綾部の文化財」に投稿された「ヒヤソ踊の思い出:多田町 四方績夫」

 忘れもしない去ること、約五十年前、私が吉美小学校六年生の時、このヒヤソ踊りに参加した、頭に鉢巻、専用の袴をはき、首にはビンササラ(串状のもの)二十四本を掛け、白足袋、藁草履姿に早朝より準備した。

 一生に一度のこととて、記念写真を写してもらった。当時、生存していた母より「出れない子もあるんよ。」とのことだったが、小学六年生は男子が丁度二十四名で全員参加していたと思う。祭りの行列は「丹波志何鹿郡之部」によると次のように出ている。

 高倉天一大明神祭札出輿ノ式 一番獅子頭宮本 時ノ役人有岡村 二番獅子舞 同三番日ノ神 白幣コシヤウト云 冠リ白装束六ケ村順番 四番神子多田村 五番流鏑馬 白幣里村 六番同断 有岡村 七番同断 小呂村 八番田楽踊幣 有岡村 九番大鞁 有岡村 十番ノボリ村々入込 十一番大鞁 多田村 御先金幣干原村 天一大明神金幣 高倉有岡多田村同様ナリ 鼻長高倉村 鉾干原村 天一大明神一ノ鉾高倉村 二三ノ鉾多田村 天神鉾同村 祝詞馬干原村 神職馬高倉村 神職馬有岡村 笛田楽踊二十四人 首ニビンササラト云物ヲ掛 ビンササラ踊トモ云 此ウツシ天田郡大身村ニモ有リト云 田楽踊ハテンカク串ノ如クナル物ヲ首ニカケ十二偏踊御出 十二偏御入 都合廿四偏 七人里村 五人多田村 四人小呂村 三人干原村 五人有岡村 干原村 笛大鞁足旅所正面 右ハ有岡村附 後左ハ高倉村附 宝暦十三癸未年 地頭ヨリ祭礼ノ式無違乱ト書物有リト云 すなわち 宝暦十三年(一七六三年)に現在のように六ケ村を巡行し、里の御旅所に神輿が渡御するようにあらためた。

尚六ケ村の神社は次の通り。
高倉大明神・里村御旅所  里 村
高倉大明神  高倉村
天満宮 三ノ宮(山王権現トモ云)  多田村
二ノ宮大明神(産神) 有岡村
産宮山神  小呂村
星ノ宮大明神  干(星)原村
 又、高倉神社(高倉町)に祀られている十二士は次の通り。
大槻権守 光頼、 渡辺隠岐守 俊久、坂田甲斐守 重時、村上判官 秀行、上原豊後守 忠将、 小(川)北石見守貞則、小野木右馬助 秀盛、荻野 盛政、確井判官 貞時、能勢伊織、武俊、福井次郎 末重、塩尻兵衛 道員  以上ご報告申し上げます。

 吉美小学校は少子化で、今は四年生から六年生の男女でようやく二十四名近くとし、この「ヒヤソ踊」を実施していましたが、近くの桜ヶ丘団地が吉美小学校校区となり、今後に期待しております。

綾部の文化財ミニ・シアター 高倉神社のヒヤソ踊り
持参した「ピン・ササラ」を鳴らし、視聴者に回覧しながら熱弁を揮われる四方續夫氏

最後にビデオを観賞しながら、解説をしていただいた。
ビデオ名: 綾部市指定無形文化財「ヒヤソ踊」
 提供 綾部市資料館


紹介>「高倉神社のホームページ」はこちらにあります

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綾部の文化財

綾部の文化財ミニ・シアター2 於与岐八幡宮の天狗の鼻高の舞

綾部市総合文化祭参加の「綾部の文化財ミニ・シアター」第1日目11月2日(火)第2番目のイベントは1:30から、綾部市文化協会理事長:吉田 晟風氏(文化財を守る会会員)をゲストに迎え行われた。テーマは「於与岐八幡宮芸能祭礼:天狗の鼻高の舞」

綾部の文化財ミニ・シアター於与岐八幡宮の天狗の鼻高の舞
スライドで映写する「ホームページ」や「ブログ」のコピーが日替わりで貼り出されている展示 ハイライトの「A4写真」もある

イベント開演に先立ち「くらしを彩り、人々のコミュニケーションを深め、地域の活性化を生み出す、文化財と人とのふれあい」をテーマにした2800枚を超える写真スライドから、今回の話に関連する「八田地区」の172枚の連写を行った

綾部の文化財ミニ・シアター於与岐八幡宮の天狗の鼻高の舞
ゲストに迎えた綾部市文化協会理事長:吉田 晟風氏

まず、於与岐関連のHPを3編映写しながら説明を行う

綾部の文化財ミニ・シアター於与岐八幡宮の天狗の鼻高の舞
5月に行われる丹波富士:弥仙山の山開きと三社大祭・山菜まつり

同様のHPやブログ記事もたくさんある
http://www.nbcayabe.com/misen/misen/sansya.htm
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/635.html
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/283.html
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/284.html
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/285.html

綾部の文化財ミニ・シアター於与岐八幡宮の天狗の鼻高の舞
改心の道遊歩
11月に行われる改心の道遊歩 於与岐ー弥仙山ー笹尾山ー上林縦走
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/784.html


明日、前綾部市長:四方八洲男氏を迎えて紹介する事項を話す
弥仙山から寺山へ平和コール
 21世紀を迎える元旦のご来光を仰ぎに、寒風暗闇をついて、20cmの新雪を踏んで於与岐の吉田晟氏(現文協理事長)等と弥仙山に登り、頂上から頭巾山にあがるご来光を仰ぎました。ノート・パソコンを持って上がられた吉崎孝典氏(守る会会員)は、HP「弥仙山の四季」で平和メッセージを発信されました。
 寺山の平和祈願を終えられた四方市長様に携帯電話でお電話し、元旦のご挨拶をいただきました。

綾部の文化財ミニ・シアター於与岐八幡宮の天狗の鼻高の舞
10月に行われる於与岐八幡宮秋祭り 天狗の鼻高の舞

綾部の文化財ミニ・シアター於与岐八幡宮の天狗の鼻高の舞

http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/178.html

綾部の文化財ミニ・シアター於与岐八幡宮の天狗の鼻高の舞
会報:綾部の文化財シリーズ 於与岐八幡宮 綾部八幡宮芸能祭礼保存会代表:吉田 晟氏寄稿の記事

於与岐八幡宮の沿革(由緒)
味方町にある第1の鳥居跡;伝承によると武内宿祢の遠裔の吉田七朗兵衛なるものが発起し、西暦710年人皇四三代・元明天皇の和銅三年に豊前の国宇佐神社より御分霊を拝受し、勧請し、一の瀬に祀る。当時氏子は何鹿郡(現・綾部市)の味方村以北、下八田、淵垣中村、安国寺、梅迫、上杉、於与岐に至る七ヶ村の惣社であった。その根拠は現味方町の旧道を綾部側から鉄道のトンネルを越えていくと右手に大正元年八月建立の「於与岐八幡宮第一の鳥居跡」の高さ1.7メートル、方25センチメートルの碑がある。又旧道の淵垣町の二の宮神社の幟立ての横に同様の「於与岐八幡宮第二の鳥居跡」の碑がある。そして、上杉町鳥居野公民館前の左手に大正七年十月再建の「於与岐八幡宮第三の鳥居跡」の碑が現存しています。
 鎌倉時代は幕府の功臣・勧修寺重房が、京都より宗尊親王を将軍として迎えた功より上杉の姓を授与され、そのバックアップにより、又娘・清子を足利貞氏の家女房として迎え、初代将軍足利尊氏をもうけて何鹿郡(いかるがぐん)味方村から舞鶴の田邉までをもその勢力に抑えていたと思慮される。又、渕垣八幡宮は社殿によると1343年(康永二年)造営と記している。当時は足利尊氏が綾部安国寺を建立した時であり、於与岐八幡宮の分霊であるともいわれている

綾部の文化財ミニ・シアター於与岐八幡宮の天狗の鼻高の舞
上記のご自身の会報記事に基づき、於与岐八幡宮の沿革、天狗の鼻高の舞い(王の舞い)など熱心に説明いただく吉田 晟氏

於与岐八幡宮祭礼芸能について
 於与岐八幡宮の祭礼の特色は、祭礼が氏子の株組織と密着して宮座の形をとって伝承されてきたことである。戦後そのしきたりがすたれたが、宮座を残したものとして注目される。祭礼は陰暦では八月十五日であったが今は、十月十五日に近い日曜日に行なわれる。昔は祭礼の三日前打ち合わせの口あけ講をし、禰宜役二名が舞鶴に出向き身を清め証拠に海藻を持ち帰り、他の役は昔あった「いみ屋」で祭日まで精進潔斎をしていたという。今は九月三十日夜八時半頃、一の瀬の「小社」に宮司と神社総代四名が「宮迎えの行」をしている。

 大祭当日は朝八時於与岐町の四ヶ村に「ふれ太鼓」でまわる。九時半頃本殿において祭典が宮司、禰宜二名、神社総代、自治会長、棒頭(神輿の責任者)が参加して祭典が行なわれ、三柱の神を神輿に移す「御霊遷(みたまうつし)の儀」がありその時は、幕とじ一般の人はこの儀式は見ることが出来ない。その間、楽殿では「宮座」の形、すなわち一の瀬に創始した時の祭礼役・六役がそれぞれ同族に世襲されている。即ち禰宜役は吉田、上野の二家に鼻長役は吉田株二家へ、獅子役(獅子舞)吉田、吉崎、坂田株四家へ、庭雀役(ムシロを敷いて迎える役)は坂田株一家へ、御饌役(おせん・神にお供えする食事)を炊き奉った者を御饌炊と称し、吉崎株へ、初めて神輿を担いだ者を駕篭丁と称し、山口、吉崎、吉田、井上、滝花、野瀬井、坂田、大久保の十一株へ伝わり、又、昔は奉行役は古小袴と称し、相根・吉崎、吉田株に伝わっていましたが、今は区長、氏子総代が勤めている。

 これらは吉美地区の式内社・高倉神社では宝暦十三年(1763)の記録では有岡町のみが出すのが笛役、太鼓を打つ役、ヒヤソ踊の「ビンササラ」役五名、多田町のみが出す役、天満宮太鼓と打ち手、担ぐ役、「ビンサラサ」役 五人、ビンササラ役は他に、里町七人、小呂町四人、星原町三人の合計二十四人で各自のビンササラは二十四本で首にかけて、一踊り毎何番ソーレと声をかけるのが今でもしきたりである。

 さて、吉美のことはさて置き、儀式が終わり、着替えが終わった頃に、禰宜が舞楽殿へ来て御祓いをし、神社拝殿前に順次そろい、行列を組み、現在では神社の周囲を三回まわる御旅をする。終わって、庭の東方に神輿三基を塀並行に安置し、その前で獅子舞・鼻高の舞が奉納される。獅子舞は二人立ちで伎楽系のものである。鼻高の舞は一人が演ずるもので、白衣を着て天狗の面をかぶり、小鈴をつけた木鉾を持って舞う。鉾で地面をかきならしたり、足でふみしめたりする所作は国生みの神話を形どっている。田楽は、ビンササラ一人、太鼓三人の編成で、神輿の御旅をはやしながら先導するものである。(ア、オーハト)いずれも風化が著しいが、王舞・獅子・田楽をセットとする祭礼芸能を伝えている。この祭礼芸能のあり方は鎌倉時代に京都を中心に盛行したもので、その形を伝えていて貴重である。

獅子頭之舞
一、北方に向かって三拝
二、神輿の一の宮に三拝
三、二の宮に三拝
四、三の宮に三拝
五、御休憩所の注連縄の内を、太鼓の音に合わせて、並みの歩調で一回りする。
六、各神輿に一拝し、早々歩調で一回りする。
七、各神輿に一拝し、走り歩調で一回りする。
八、終わりに一拝し、拝殿に戻る。

鼻高の舞(王の舞)
木鉾先に小鈴を付けて持つ。木鉾は、素手で掴んではならない。
第一動作 参拝: 神輿の前に進み、足を広げて立ち、各神輿に参拝。これを三回・計九回行なう。
第二動作 捜す: 鉾で四方の地上を打つように。最後は雫を落とすように突き出す。
第三動作 地固め: 鉾を持って北方から地上を掻き回し、掃き均した後、此処彼処と足で踏み固める。北、南から二回
第四動作 舞: 鉾を神輿に面して立てる。大いに悦ぶ客姿で首を傾け透かすように鉾を見つつ五六歩後に退き。足摺りで鉾の下に進む。北、南から二回
第五動作 参拝: 神輿に向かい一礼する

関連HP
http://www.ayabun.net/bunkazai/annai/oyogiy/akimaturi.htm
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/155.html

続いてビデオ上映にうつり、詳しい解説を吉田 晟氏にお世話になった。
ビデオ名:京都府府登録 無形民俗文化財祭礼芸能
 「於与岐八幡宮の祭礼芸能」 ビデオ提供:綾部市資料館


最後に文化財を守る会会長:村上高一氏より謝辞があった

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綾部の文化財

綾部の文化財ミニ・シアター1 嶋万神社の太鼓踊りと太刀振り

綾部市制施行60周年記念として綾部市総合文化祭に初めて参加した「綾部の文化財ミニ・シアター」では3日間にわたり、合計8ケのイベントプログラムを組みました。
最初のイベントは、11月2日(火)10:30分~行われ、ゲストとして綾部市議会議長に再度選ばれご多忙な木下芳信氏(綾部の文化財を守る会常任幹事)をお招きしました。

綾部の文化財ミニ・シアター1 嶋万神社の太鼓踊りと太刀振り
市民センター中央廊下の手前が展示会場、奥がシアター会場に設営した会場全景です。
写真提供は為廣英隆理事(楞厳寺副住職)よりご投稿いただきました

綾部の文化財ミニ・シアター1 嶋万神社の太鼓踊りと太刀振り
9時からの総合文化祭開会式がすみ。10時頃から賑わいかけた展示会場

綾部の文化財ミニ・シアター1 嶋万神社の太鼓踊りと太刀振り
ゲストの木下芳信氏を演壇に招き、歓迎の言葉を述べたあと

綾部の文化財ミニ・シアター1 嶋万神社の太鼓踊りと太刀振り
6年前の平成16年11月30日に行われた「綾部の文化財を守る会創立35周年記念式典」の記録HPを紹介しました。記念事業として「ホームページ:綾部の文化財」が公開され、式典ロビーでお披露目展示、式典でスライドを用い、お披露目映写を行った記録

綾部の文化財ミニ・シアター1 嶋万神社の太鼓踊りと太刀振り
功労者表彰のあと、当時も綾部市議会議長であった木下芳信氏の祝辞の写真

つづいて本題の「京都府指定無形文化財・芸能祭礼:島萬神社の太鼓踊りと太刀振り」に入り
綾部の文化財ミニ・シアター1 嶋万神社の太鼓踊りと太刀振り
HP:綾部の文化財より島萬神社のページを紹介

嶋万神社の太刀振(オンヤ-)・太鼓踊(テンテコテン)
社伝に天平八年、疱瘡(ほうそう)が流行し、翌年(737)疫病平癒祈願のために本社を勧請(かんじょう)したとしている。現在も安産病気平癒の神として崇敬されている。祭礼は十月十日に行われ、氏子中から太刀振と太鼓踊が奉納される。
これらは中世末期に流行した風流踊を伝えるものであって、昭和六十年京都府の無形民族文化財に登録されている。 平成6年3月 綾部市教育委員会

綾部の文化財ミニ・シアター1 嶋万神社の太鼓踊りと太刀振り
このHPの最下部に転載したのは「綾部青年会議所が発刊した丹の国・綾部のフォトグラフィ イン あやべ」の写真です。私が初めてこの祭りのことを知った写真です。中央の「嶋万神社てんてこ舞」とあるのは「太刀振り」の間違いです。JC時代を通じ、お家元の千宗室さんなどと交流の深かった風流人の故塩見清毅さんの好みで、「第6番しのびおどり」の歌詞も収録されています。

六番 忍び踊り
ヤア 忍びおどりを ひとおどり ひとおどり
ヤア おれをしのばば 上野の道に お待ちやれ ヘヘヘ
もしかもたそと人とはば ハハ 鶯とると答えさしょ
ホホホ とろとろと ホホオ-
けさの朝露 一度は落ち合うて寄るものに  中略
己れを忍ばば 茶園の中に お待ちやれ ヘヘヘ
もしかもたそと人とはば ハハ 新茶をとると答えさしょ ホホホ
とろ ~と ホホ オ-
けさの朝露 一度は落ち合うて寄るものに
己れを忍ばば 小藪の中にお待ちやれ ヘヘヘ
若しかもたそと人問はば ハハ 後略

綾部の文化財ミニ・シアター1 嶋万神社の太鼓踊りと太刀振り
太刀振り(オンヤー)太鼓踊り(テンテコテン)のホームページを紹介
拝殿を舞台にして向って右側で太刀振、左側で太鼓踊を演じる決まりで、同時に開始して同時に終るのがしきたりとなっている

綾部の文化財ミニ・シアター1 嶋万神社の太鼓踊りと太刀振り
太刀振は振物またはオンヤーとよばれ、二人一組が棒や刀・長刀で打合う。露払・妻隠し・小太刀・野太刀・小長刀・大長刀の6種がある。年少者が担当する露払から青年が担当する大長刀まで年齢階梯的な仕組みで演じられ、技も後者ほど激しく難しくなる。
・太刀振(オンヤー):太刀で疫病を振り払い、厄除けや雨乞いの意味が込められているとされています。

綾部の文化財ミニ・シアター1 嶋万神社の太鼓踊りと太刀振り
太鼓踊は真発意1人を中心に親発意1人・子発意2人の4人で構成された風流踊。真発意と音頭は大人がつとめるが、親発意・子発意は少年少女の役とされる。中世末期から近世初期にかけて流行した芸能を伝える代表的な例として貴重である
こちらも長者踊り・霞踊り・具足踊り・綾のおどり・忍び躍りなど13番中の6番が、素晴らしい音頭・掛け声と共に演じられる
・太鼓踊(テンテコテン):主に男女の恋愛感情を表現し、地域や子孫繁栄の願いが込められているとされています。

綾のおどり
前略 明神星は七つに下がる 出てから起きいで 綾おらしよ ~
大事にかけて織りそろう綾を たそとや背戸のねずなきを ~
ねずなきすると 大事もなやの一間へおりて お目にかけよう ~
柳の下に水汲む女子 足白手白 眉黒目黒 あれこそ人の殿とれよ 殿とれよ
柳の葉より せまいことおしやる そなたの殿ごは とるまいに ~
綾の踊りは これまでそろう おどりの姫は 皆つぼみ 皆つぼみ-
 ザンザラザン ニア ザン

綾部の文化財ミニ・シアター1 嶋万神社の太鼓踊りと太刀振り
全員での記念撮影・宮司さんの左が神社総代の木下芳信氏

つづいて提供をしていただいた嶋万神社無形文化財保存会の木下芳信氏より詳しいガイドを聞きながら「島萬神社の芸能祭礼」のビデオを観賞しました。
ビデオ名:京都府指定無形民俗文化財
    「島万神社の太鼓踊と太刀振 ~記録編~」
 祭礼の記録:21分・太鼓踊編:61分・太刀振編:59分
 企画:嶋万神社無形文化財保存会 (記録編・資料編・教材編の計5枚組)
 製作:株式会社CNインターボイス


最後に綾部の文化財を守る会会長:村上高一氏より謝辞を申し述べました。

島萬神社の芸能祭礼について詳しいことは、こちらの会報:綾部の文化財シリーズ(宮司:渋谷計二氏)の記事をご覧ください

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綾部の文化財

第58回綾部市総合文化祭開催、綾部の文化財ミニ・シアターも盛況

綾部市市制施行60周年記念 第58回綾部市総合文化祭が11月2(火)~4日(木)の3日間にわたり開催された。第1部会18会派の作品展示および綾部ロータリークラブの世話する清山荘、松寿苑の作品展示は、綾部市市民センター2階体育館を会場に行われた。

本年は綾部の文化財を守る会として初めて総合文化祭に参加し、インターネット・ケーブルの関係で、市民センター1階の中央廊下、2階文化祭会場に上がる階段付近での開催を余儀なくされたが、数百点になる写真、HP、ブログのコピー、冊子、会報などを展示。

一方特設のミニ・シアターではプロジェクターを用いて、守る会が公開中のHP、ブログの紹介を中心に、綾部の祭り文化財などを放映、特別ゲストに綾部市前市長:四方八洲男氏を招き、「まちづくりのエピソードー市長在任12年間をふり返るー」として話をしていただくトークショー、

また市議会議長:木下芳信氏、文化協会理事長:吉田晟風氏、守る会事務局長:四方續夫氏などによる、提供していただいたビデオ、あるいは市資料館提供の指定無形文化財:民俗芸能のビデオを上映してその解説、守る会会長:村上高一氏による「人々の努力が文化財を守る」など計8回のイベントを組んだ。

さらに「くらしを彩り、人々のコミュニケーションを深め、地域の活性化を生み出す、文化財と人とのふれあい」をテーマにした2800枚を超える写真スライドを作成し、常時大型モニタで映写した。

第58回綾部市総合文化祭にて
1.11月2日午前9時、綾部市文化協会理事長:吉田 晟氏の司会で始まる

第58回綾部市総合文化祭にて
2.綾部市文化協会の歌の斉唱

第58回綾部市総合文化祭にて
3.綾部市文化協会会長:田所 卓氏ご挨拶

第58回綾部市総合文化祭にて
4.綾部市長:山崎善也氏祝辞

第58回綾部市総合文化祭にて
5.テープカット(山崎市長、佐々木府議、梅原綾部市連合自治会長、他合計5名)

第58回綾部市総合文化祭にて
開会前の文化財を守る会の写真、HP、ブログ、冊子展示会場

第58回綾部市総合文化祭にて
10時半から始まる木下芳信常任幹事(現綾部市議会議長)をゲストに迎えての「京都府指定無形文化財:嶋万神社の太鼓踊りと太刀振り」ビデオ上映準備風景

第58回綾部市総合文化祭にて
開会を待つ活け花作品展示会場。池坊、未生、嵯峨御など各流派が揃う

第58回綾部市総合文化祭にて
山草会の作品展示

第58回綾部市総合文化祭にて
洋画の作品展示

第58回綾部市総合文化祭にて
書道の作品展示

第58回綾部市総合文化祭にて
水墨画の作品展示

第58回綾部市総合文化祭にて
和紙ちぎり絵 しゅんこうの展示

第58回綾部市総合文化祭にて
綾部ロータリークラブが世話する、清山荘、松寿苑の作品

第58回綾部市総合文化祭にて
小学校3年生の作品展示

以上 写真:事務局長:四方續夫、文:HP委員長:なべちゃん

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綾部の文化財

綾部の文化財ミニシアター開催と文化財日誌一覧表(その他)作成

綾部市制施行60周年記念に協賛して、綾部市総合文化祭に参加し「綾部の文化財ミニシアター」を開催します。11月2~4日(3日間)綾部市民センター一階階段付近
テーマ:くらしを彩り、コミュニケーションを深め、地域に活性化をもたらす、文化財と人とのふれあい
<映写>綾部の文化財ホームページ、ブログ:綾部の文化財日誌、写真画像、ビデオ(指定無形文化財)をスクリーンに激写します。
<展示>会場にHP:綾部の文化財、ブログ:綾部の文化財日誌、A4写真をパネル展示。文化財日誌全コピー冊子、会報冊子を展示します。
<イベント>ゲストを迎え、綾部の文化財の映写を見ながらお話をしていただきます。

綾部の文化財ミニシアター開催について
イベント・スケジュール HP観賞後、お話と、ビデオ映写など
11月2日(火)10:30~ 嶋万神社太鼓踊りと太刀振り 木下芳信常任幹事(市議長)
         1:30~ 於与岐八幡宮の天狗の鼻高の舞 吉田晟風文化協会理事長
         3:00~ 高倉神社のヒヤソ踊り 四方續夫事務局長
11月3日(祭)10:30~ まちづくりのエピソードー市長在任12年間をふり返るー
                 四方八洲男綾部市前市長
         1:30~ 阿須々岐神社の祭礼芸能 梅垣正一幹事
         3:00~ 綾部八幡宮お田植え式 鍋師有ホームページ委員長
11月4日(木)10:30~ 人々の努力が文化財を守る 村上高一文化財を守る会会長
         1:30~ 阿須々岐神社の御年貢 綾部市資料館ビデオ提供

「綾部の文化財日誌その他の記事一覧」を作成しました。
 http://www.ayabun.net/bunka/sonota.html

これは「綾部の歳時記一覧」および「府県別文化財研修記録一覧」を除くその他の「綾部の文化財日誌」収録の全記事一覧です。

平成16年(2004)11月30日に「綾部の文化財を守る会設立35周年記念式典」が行われました。この記念事業として「ホームページ:綾部の文化財」が作成され、式典で展示およびスクリーン映写で報告されました。

ホームページの作成は、平成15年晩秋から取材作成活動に入り、「平成16年8月11日にこの綾部の文化財日誌の公開が始まり」ました。

最初は「HP:綾部の文化財」の記事公開に伴う紹介程度の補助でしたが、やがて四方續夫事務局長(ホームページ副委員長)が記事作成の技術を習得され、時代の流れもブログを迎えるようになり、HPの方が「ブログ記事」からの「巻頭写真」および「新記事紹介タイトル」で埋まるようになりました。

今現在、この記事が「786番目の公開記事」となります。ホームページの記事(会報:綾部の文化財転載記事)などと合わせると、全部で軽く1千記事を超える内容です。

今回「綾部の文化財ミニ・シアター」を開催するにあたり、現時点の状況報告とさせていただきます。

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綾部の文化財

歴史と伝統の神事!!第312回水無月大祭が7月28日熊野新宮神社で盛大に催された!

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」並松町には歴史と伝統の神事を誇る「熊野新宮神社」がある。当神社発行の「御由緒略記」によれば元禄七甲戌歳(1694)と記された熊野新宮神社に関する社記によれば、「丹波国何鹿郡綾部庄新宮之神社ハ熊野権現ニテ座シマス。スナワチ、此ノ所住者平氏小松三位中将重盛卿ノ領地タルニヨリ彼ノ卿、熊野権現ヲ信仰シテ此ノ所ニ三熊野ヲ勧請シ不時ノ詣ヲナサマクオボシテ景地ノ浄キ所ヲ選ビ給ウニ、此ノ所心ニ叶ヒケルニヤ宮造リマシテ敬ヒ給フ旧跡トカヤ・・・」と書き起され、続いて「本宮トイウ山ノフモトニ新宮ノ社アリ,南ニ那智トイウ所アリ、是熊野ノ三山ヲ移シ給フ跡ナリ」と記されています。此の古記録から見れば、当社創立由緒は平氏の熊野信仰からくる種々なる伝承の影響に依ったものと思われます。即ち、中世は宗教の時代であったといわれるるように、天皇を頂点とする公家、貴族武士階級たちは勿論、多くの人々の中にも次第に熊野への信仰が普及し旺になって参りました。まさに「蟻の戸わたり」といわれたように「熊野詣」の人々がひしめき合い乍ら「熊野三山詣」をする程白熱化した時代でした。ちなみに白河上皇は10度、後白河上皇は34度、後鳥羽上皇は31度と当時の不便な交通事情の中で之は驚くべき参詣ぶりです。当然平家の公達(きんだち)の帰依も篤く清盛、重盛父子共々4度も詣でて平家の繁栄と武運の長久を祈願したことでしょう。扨て、平氏が丹波の国司としてお治めたのは天禄3年(972)で、平将門の乱を平定した平貞盛の名が初見されます。その後、平治の乱(1159)後、源氏の者を一掃し権勢をほしいままにし,特に京都に近い畿内、北陸の地に平家の荘園を拡大しました。平重盛は永万元年(1165)に丹波の知行国司となり、天橋立の景勝を愛して社中に館を置き(天橋記)又、綾部にも所領を得て治承年間(1177~1179)此の地巡遊し、由良川に臨んだ並松の佳景が平氏の尊崇する熊野の地に似ているので、ここに那智山の正歴寺、本宮山の東麓に熊の神社、熊野新宮神社を勧請したと伝えられています。(注、古代の丹波は但馬国、丹後国が含まれた強大な国でした。)綾部の地名の中に本宮山、本宮、新宮等々とあるのはその名残といわれています。尚、正暦寺の一祠には鎌倉時代の作といわれている那智の本地仏千手観音像があり、それによって熊野信仰を偲ぶことができます。伝承によれば本宮山の東麓にあった熊野本宮社を寛文10年(1670)時の初代綾部藩主九鬼隆
李(たかすえ)公が今の地に移築したと言われています。歴代の藩主も熊野新宮社への信仰も篤く、熊野神社への奉納記録も数々残っています

1.午前9時20分:「熊野新宮神社」祭事準備中
水無月大祭が熊野新宮神社で

2.ボツボツご来賓がご光来です!
水無月大祭が熊野新宮神社で

3.社務所内の床の間の正面には大本教の出口王仁三郎聖師様の「歌碑の拓本の掛軸」が祀られています。歌碑はこの神社境内にあるので次に掲載します。又、左側の「二羽のカラス」の本物の掛軸は「年代は記されてないが、熊野本宮大社宮司・熊野別當第三四世九鬼宗隆(くきむねたか)。九鬼宗隆氏は元綾部九鬼藩々主の末裔で前代の宮司様でお墓は綾部の隆興寺にあります
水無月大祭が熊野新宮神社で

4.境内の出口王仁三郎聖師様の歌碑「神の子の真心ささけて拡めたる 御苑清かしも石の玉垣 苔生して神さひ立てるときわ木の 松にしるけし水無月の宮 大正十年一月建立」
水無月大祭が熊野新宮神社で

5.午前10時:綾部太鼓保存会による「奉納太鼓」
水無月大祭が熊野新宮神社で

6.出口孝樹宮司様、徳重善国禰宜、岡本二郎権禰宜の三名の祭員のお清めの水!
水無月大祭が熊野新宮神社で

7.出口宮司様達祭員3名は「祓所」へ向われる!
水無月大祭が熊野新宮神社で

8.「祓所での修祓」その1
水無月大祭が熊野新宮神社で

9.同上 その2
水無月大祭が熊野新宮神社で

10.参列者への「修祓」
水無月大祭が熊野新宮神社で

11.拝殿内の所定の位置に着き、宮司一拝の後、祭員が「神饌(しんせん=神様の食事)」お供えする
水無月大祭が熊野新宮神社で

12.祭員から宮司様へ「「水無月大祭の祝詞」が渡される!
水無月大祭が熊野新宮神社で

13.宮司「水無月大祭祝詞」「平和祈願」奉上
水無月大祭が熊野新宮神社で

14.宮司玉串奉上
水無月大祭が熊野新宮神社で

15.ご来賓のトップで玉串奉上は山崎善也綾部市長様です
水無月大祭が熊野新宮神社で

16.多数のご来賓があり、それぞれ玉串奉上されましたが、投稿写真の数の関係上もう一人「式内社・高倉神社宮司四方幸則氏」です
水無月大祭が熊野新宮神社で

17.祭員が「神饌」を徹し、出口宮司一拝
水無月大祭が熊野新宮神社で

18.神事終了後、熊野新宮神社・水無月神社・水無月大祭の云われや、平和の大切さ等を刻々と訴えられた!
水無月大祭が熊野新宮神社で

19.ご来賓・参列者を見送りされる出口孝樹宮司様
水無月大祭が熊野新宮神社で

20.直会(なおらい、昔は神事が終わった後、社務所でお酒と肴で現世へ戻るなおらいをしたものです。今は略式で杯で神酒と肴は雑魚の干物です)
水無月大祭が熊野新宮神社で

出口王仁三郎聖師様の「大本」のホームページは下記をクリックして見て下さい。
http://www.oomoto.or.jp/Japanese/jpSeic/baishoguide.html

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綾部の文化財

7月26日は土用の丑の日・式内社高倉宮・以仁王を祀る高倉神社の土用の丑祭り!

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」には高倉宮以仁王(たかくらのみやもちひとおう)を祀る高倉神社がある。明治9年5月に明治政府令により作成された「延喜式内並国史見在神社考証(えんきしきないならびにこくしじんじゃこうしょう)京都府立総合資料館所蔵」には天田郡(現、福知山市にはったたの3社、元何鹿郡の我が綾部市には12神社がる。その1つがこの高倉神社で、12世紀後半、平安時代末期には徐々に武士の時代になりつつあり、まさに平家の全盛の時代であった。平清盛は太政大臣として権力を振るい、治承3年(1179)には後白河法皇を鳥羽殿に幽閉、翌4年高倉天皇(以仁王の異母兄弟)を退位に追い込み、自らの孫を安徳天皇として即位させた。源氏の有力者源三位頼政は、後白河法皇の第二皇子として将来を期待されていた以仁王を中心に挙兵する計画を立て、以仁王は平家追討の令旨を諸国の源氏に発し,自らも頼政を総大将として平家追討の兵を挙げられた。しかし、頼政方に利あらず、宇治の合戦で敗北、頼政は平等院で自刃。以仁王はそこを逃れ,南都で再興しようと数十騎の側近と南進された。丁度井出の渡し(木津川市山城町)で追撃の平家軍の猛攻撃を受け、以仁王の身代わりとして影武者が討ち死に、以仁王は13名の側近と丹波に逃れ頼政の領地であった吉美卿有岡村目指して10日余りの旅で何鹿郡綾部に着かれ由良川を渡たられたのは治承4年5月下旬か6月初め、農作業の中、里人は都からの高貴な方の到着を喜び笛、太鼓で田楽踊りを舞い今も伝わる「ひやそ踊り」で以仁王を慰めたという。しかし以仁王の矢傷は悪化し、同年6月9日「後世、庶民の腹痛の悩みを我代わって救わん」という言葉を残して昇天された。翌年養和元年(1181)9月9日以仁王の神霊を奥谷の森、高倉に移し奉り、ここに高倉神社が創建された。四方幸則宮司作成文を略す。

1.高倉神社前広場模擬店大繁盛
以仁王を祀る高倉神社の土用の丑祭り

2.高倉神社正面
以仁王を祀る高倉神社の土用の丑祭り

3.手水舎
以仁王を祀る高倉神社の土用の丑祭り

4.大繁盛の「はらわた餅」販売店
以仁王を祀る高倉神社の土用の丑祭り

5.午前9時遥拝所にて「遥拝」(後の拝殿は京都府指定文化財)
以仁王を祀る高倉神社の土用の丑祭り

6.遥拝所にて「お祓い」
以仁王を祀る高倉神社の土用の丑祭り

7.拝殿内では琴と横笛の演奏です
以仁王を祀る高倉神社の土用の丑祭り

8.本殿蔡
以仁王を祀る高倉神社の土用の丑祭り

9.高倉神社はバックシャン本殿裏から拝殿を見る
以仁王を祀る高倉神社の土用の丑祭り

10.奥宮と夫婦スギ(綾部の古木名木100選の樹高42M、幹周4。9Mと樹高36M、幹周4.7M)
以仁王を祀る高倉神社の土用の丑祭り

11.社務所前のご神木(スギ、樹高33M、幹周4.9M)
以仁王を祀る高倉神社の土用の丑祭り

12.明治9年5月明治政府令でえがかれた高倉神社
以仁王を祀る高倉神社の土用の丑祭り

高倉神社の秋の本祭りは下記をクリックして見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/766.html
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/767.html
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/768.html
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/769.html
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/771.html
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/772.html

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綾部の文化財

7月24日(土)は「あやべ水無月(みなつき)まつり本番だ!恒例の綾部天満宮のお祭りです!

7月24日(土)は午前10時から「綾部天神祭」「中東和平プロジェクト」が加わり大変だ!午後1時からは「由良川ロックフエステバル」が綾部駅南口で開催、午後5時から京都市、京丹後市、福知山市、丹波町からの踊りのチームが加わり「あやべ良さ来い第一部」午後8時から「2000発の花火大会」処して午後8時50分から「あやべ良さ来い第2部」が夜9時45分まで続きます!綾部の文化財を守る会のHP担当理事のなべちゃんは京都で入院中、小生1人でどう取材するか?其れが問題だ!昨年の取材と適わせて切る物は切らざるを得ないです!午前10時恒例の綾部天満宮(天神さん)のお祭りがが開催された。そして関係8町の子供の神輿の巡航が実施された!

1.午前9時40分 綾部天満宮にご着席の奈島正倫宮司様
綾部天満宮のお祭り

2.ご来賓の中に山崎善也綾部市長の姿も見える
綾部天満宮のお祭り

3.宮司一拝(この日の撮影250枚余、お祓いの写真移動中、何処かへ入って行方不明となった)
綾部天満宮のお祭り

4.宮司祝詞奉上
綾部天満宮のお祭り

5.多数のご来賓のトップに山崎善也綾部市長が玉串奉典(次いで各ご来賓の玉串奉典があった)
綾部天満宮のお祭り

6.山崎善也綾部市長がお祝いの神酒を拝受された
綾部天満宮のお祭り

7.神輿への天神さんを移す!
綾部天満宮のお祭り

8.8町の氏子の小学生に神輿の巡航の説明をされる奈島宮司様
綾部天満宮のお祭り

9.午前9時55分神輿巡航準備中
綾部天満宮のお祭り

10.綾部太鼓保存会子ども会の太鼓巡航
綾部天満宮のお祭り

11.続いて獅子舞
綾部天満宮のお祭り

12.続いて神輿の巡航
綾部天満宮のお祭り

13.神輿の巡航は12時過ぎにJR綾部駅南口へ帰着中
綾部天満宮のお祭り

14.夜の綾部天満宮(恒例の大福引会は通常夜6時だが、あやべ水無月祭りと重なったために、午後3時に盛大に実施された)
綾部天満宮のお祭り

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綾部の文化財

7月10日(土)11日(日)知る人ぞ知る有名な「綾部愛石会主催の第41回水石展」が開催された

京都府綾部市青野町にあるグンゼ博物苑・集蔵(つどいくら)(入場無料・無料駐車場あもある)で第41回「水石展」が7月10日午前10時から午後5時、11日(日)は午前10時から午後4時まで展示会がみれます。綾部愛石会々長・松本卓二氏にいろいろお伺いした。水石は、砂を敷いた水盤や台座に置いた自然石を卓とともに鑑賞する。展示の石は毎年各会員が違った石を展示する。元は各県の河川で捜したものだが、現在では殆ど見つからないから、購入するか交換で手に入れるかです。今回の出展は23点で小生がはじめて知ったのだが、昨年は佐治川石がもっとも多かった。之は鳥取県の佐治川で良い自然石が出ていたためとの諭旨。綾部の上林川(かんばやしかわ)石も1点展示されていた。今回特に理解できたのは交換や売買のルートがあり、この展示場内でも「売買」が行われていた。3千円のものから数十万円と多種多様である。京阪神からの見学者・購入者も多かった。毎年大体この時期に開催されるので是非自然の「文化財」として見に来て欲しいと願っています。

1.グンゼ博物苑・集蔵前の案内板
綾部愛石会の水石展にて

2.開会は午前10時だが9時20分には多数の方々が見学に集まって居られた!で9時50分にオープン
綾部愛石会の水石展にて

3.受付風景と水石の専門書「愛石」の販売(昨年は小生も購入した、毎年特別号が出版される諭旨)
綾部愛石会の水石展にて

4.今年4月に亡くなられた新宮千秋(昨年別な石の写真を掲載した覚えがある)の「遺愛石・三方石」(福井県の三方五胡の石であるとの事)
綾部愛石会の水石展にて

5.左、井上成江氏の「加茂川石」、右は入江幸野氏の「佐治川石」
綾部愛石会の水石展にて

6.多くの見学者及び出展関係者
綾部愛石会の水石展にて

7.岸見直氏の「大江山石」(京都府福知山市の大江山の石)
綾部愛石会の水石展にて

8.宮本太資氏の「佐治川石」
綾部愛石会の水石展にて

9.横山巖先生の「多摩川石」(東京の多摩川で取れた自然石)
綾部愛石会の水石展にて

10.酒井英一氏の綾部市の由良川の上流「上林川石」
綾部愛石会の水石展にて

11.松室信義先生の「佐治川石」
綾部愛石会の水石展にて

12.綾部愛石会々会長・松本卓二氏の「矢掛石」岡山県の山奥の自然石の諭旨
綾部愛石会の水石展にて

13.全員の方の「水石」を掲載したのですが、不可能で出展目録を掲載します!
綾部愛石会の水石展にて

14.自然石の販売(3,000円から数十万円)
綾部愛石会の水石展にて

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綾部の文化財

綾部の古木・名木100選・高津八幡宮の御神木のヒノキ

綾部の古木・名木100選・高津八幡宮の御神木のヒノキ  綾部の文化財
京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」高津町には綾部市指定文化財の高津八幡宮がある。こn八幡宮には石清水八幡宮からの神の使いの金の鳩が飛来したことで有名です。表参道の長い石段を登りきると左手へ行くと高津八幡宮に至ります。右手数十メートル高津八幡城址へ行きますと、右側に「御神木」の案内表札があります。そこから約50メートル山道を下りますとこのヒノキに至ります。

1.御神木の案内表札
高津八幡宮の御神木のヒノキ

2.駒札
高津八幡宮の御神木のヒノキ

3.このヒノキは地面から7メートルくらいの所で二又に別れ、それから5~6メートル上になって1本になら、更に2メートル位上で3本分岐して、天空へ伸びている珍しい形の木です
高津八幡宮の御神木のヒノキ

4.幹周3.1メートル
高津八幡宮の御神木のヒノキ

5.樹高35メートル
高津八幡宮の御神木のヒノキ

高津八幡宮の他の綾部の古木・名木100選に選ばれている木。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/524.html

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綾部の文化財

サツキ満開の綾部市の真言宗の古刹・京都府指定名勝庭園と修復された望南庭を見る

6月15日(火)住職様から望南庭の修復が出来たよ!見に来ないかとの事で真言宗の古刹京都府名勝指定の「正暦寺庭園」と修復された「望南庭」を午後アポ無しでホームページ担当の鍋師有理事(通称:なべちゃん)と小生(通称:つぐちゃん)二人で突然訪れた。ご住職は不在でしたが当会の会員の副住職が居られたので非礼をお詫びして案内して頂いた。

1.京都府指定名勝庭園・正暦寺庭園案内図
正暦寺庭園

2.正暦寺庭園その1
正暦寺庭園

3.同上 その2
正暦寺庭園

4.同上 その3
正暦寺庭園

5.修復された「望南庭」
正暦寺庭園

6.同上 その1
正暦寺庭園

7.同上 その2
正暦寺庭園

8.同上 その3
正暦寺庭園

正暦寺の詳細は下記をクリックして見て下さい。
その1.正暦寺縁記
http://ayabun.net/bunkazai/annai/syorekiji/syorekiji.htm
その2.正暦寺の文化財
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/136.html
より詳しくはHP「綾部の文化財」を開き,カナ文字、綾部の歳時記で見てください。
http://www.ayabun.net/

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綾部の文化財

雨の中、四つ尾稲荷柴燈大火生三昧供厳修が盛大に開催される

今年度の綾部市檀徒総代総会が千手院で行われた関係で、開催が遅れていた「四つ尾稲荷大明神柴燈大火生三昧供厳修」が5月23日(日)かなり激しく降り続く雨の中で盛大に開催された。市消防団綾部分団の一同も参加

四つ尾稲荷柴燈大火生三昧供厳修
千手院本堂内で木原住職と真言宗の僧侶5人などが開始の法要、外でも行者たちが参拝
四つ尾稲荷柴燈大火生三昧供厳修
法螺貝を吹きながら綾信会の中山先導行者以下行列で雨の中を石段に向かう
四つ尾稲荷柴燈大火生三昧供厳修
石段を上がり四つ尾稲荷柴燈大火生三昧供厳修の祭壇が組まれた結界前で、
入山の行者問答を行う中山行者
四つ尾稲荷柴燈大火生三昧供厳修
設けられた祭壇に向かう行者と僧侶
四つ尾稲荷柴燈大火生三昧供厳修
伴仲博司千手院総代のあいさつ
四つ尾稲荷柴燈大火生三昧供厳修
弓の大事、斧の大事などと進み、宝刀の大事
四つ尾稲荷柴燈大火生三昧供厳修
千手院木原住職による清めのお払いを参拝者一同にされる
四つ尾稲荷柴燈大火生三昧供厳修
千手院木原住職による所願成就、家内安全などの願文奏上
四つ尾稲荷柴燈大火生三昧供厳修
行者2人の手で松明に火が付けられ、積み上げた柴護摩壇に点火
四つ尾稲荷柴燈大火生三昧供厳修
護摩壇前の薬師堂で太鼓と読経の5人の僧侶
四つ尾稲荷柴燈大火生三昧供厳修
千手院木原住職の祈祷で大きな柴護摩壇が燃えていく
四つ尾稲荷柴燈大火生三昧供厳修
立ち上る煙の中を高台の四つ尾稲荷大明神に参拝する人々
四つ尾稲荷柴燈大火生三昧供厳修
勢いよく燃える柴護摩壇の火中に、檀家や参拝者から供えられた護摩木約3000本に目を通しながら投じる行者たち
四つ尾稲荷柴燈大火生三昧供厳修
柴が燃え尽きて、真っ赤に火のついた木組みが現れた
四つ尾稲荷柴燈大火生三昧供厳修
火渡りのために灰掻きを鳶口でされる住職や行者
四つ尾稲荷柴燈大火生三昧供厳修
沸かされた熱湯に笹竹を浸し頭から被る、湯神楽をされる千手院木原住職
四つ尾稲荷柴燈大火生三昧供厳修
火渡りの前の安全祈願法要
四つ尾稲荷柴燈大火生三昧供厳修
宝剣を手に火渡りをされる千手院木原住職
四つ尾稲荷柴燈大火生三昧供厳修
次の火渡りは中山先導行者
四つ尾稲荷柴燈大火生三昧供厳修
続かれる役行者たち
四つ尾稲荷柴燈大火生三昧供厳修
裸足になり塩の撒かれた上に立ち、火渡りを始める参拝の人々
四つ尾稲荷柴燈大火生三昧供厳修
中山先導行者に気合を入れてもらい火渡りを始める
四つ尾稲荷柴燈大火生三昧供厳修
御幣を手に火渡りをする人々。右手に赤い炎が見える。
私も最近、健康に問題が続くので火渡りを試みた
四つ尾稲荷柴燈大火生三昧供厳修
木原千手院住職のお礼のご挨拶

テーマ : 神社仏閣
ジャンル : 学問・文化・芸術

綾部の文化財

5月15・16日(日)桜ヶ丘10周年記念祭が実施された

今から10年前、あやべ桜ヶ丘団地が分譲販売開始された。その記念祭が毎年開催されて来たが今年は綾部市制60周年にもあたり、5月15日(土)16日(日)には桜ヶ丘2丁目のコミユニテイセンター周辺の広場で「10年記念祭」が開催された。15日(土)子供限定で愛知県岡崎市の「わんわん動物園」から当地の会場で「ふれあいワンワン仕事体験会」や「未来のお家」の絵書きコンテストが行われた。16日(日)には9時から地元有志による「お楽しみ縁日屋台」が設けられ、カレーライス300円、フランクフルト1本100円、わた菓子1本100円で特にわた菓子は大好評でした。TVでなじみの「天装戦隊ゴゼイジャー」ショーが午前11時と午後2時の2回実施された大勢の子供父兄の見学とゴセイジャー達との記念写真撮影も好評であった。この桜ヶ丘団地には四方八洲男前市長が10年前の市制50周年で、「豊かな自然に恵まれた綾部市。季節ごとに表情を変える丹波の山並み。愁久の由良川の流れ。山紫水明の地で生きづく歴史・文化産業。”小さくともキラリと光るまちづくり”」のスローガンと財団法人彫刻の森美術館を初め多くの人々の協力により「綾部彫刻街道」が設けられ26彫刻+綾部市役所前の「一番星見つけた」のうち6彫刻がこの桜ヶ丘団地近辺にある。詳細は最期のところをクリックすると見れます!

1.5月15日(土)「ふれあいワンワンお仕事体験」後のふれあい1.
桜ヶ丘団地
2.同上 2.
桜ヶ丘団地
3.同上 子犬大好き
桜ヶ丘団地
4.地元有志の「お楽しみ縁日屋台」カレー300円、フランクフルト1本100円、わた菓子1本100円
桜ヶ丘団地
5.特に1本100円のわた菓子が大好評
桜ヶ丘団地
6.TVでおなじみの「天装戦隊ゴセイジャー」ショーの開始午前11時と午後2時
桜ヶ丘団地
7.ショーに幼児が参加登場
桜ヶ丘団地
8.ゴセンジャー全員登場
桜ヶ丘団地
9.ショーをみる大観衆
桜ヶ丘団地

桜ヶ丘近辺の「あやべ彫刻回廊」の作品群は下記をクリックして見てください。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/462.html
他の全ての「あやべ彫刻回廊」は下記をクリックして見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/463.html
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/464.html
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/465.html

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綾部の文化財

弥仙山三社大祭・山菜祭り 好天気で盛況

GW恒例の弥仙山三社大祭・山菜祭りが5月3日、綾部市境の霊峰・弥仙山において行われた。

水源ふれあいウォーク丹波富士:弥仙山をゆく
水源の里のスタッフが特別企画「水源ふれあいウォーク丹波富士:弥仙山をゆく」の大勢の参加者受付をしている
少年スポーツの一団の姿
今年も少年スポーツの一団の姿が見える
ウォークラリー参加の準備
私の孫たちも祖父母連れで参加、市役所8:10発のシャトルバスで来た様子。ウォークラリー参加の準備をしている
弥仙山太鼓の演奏
弥仙山太鼓の元気一杯の演奏が始まった
実行委員会委員長、開催のあいさつ
弥仙山三社大祭・山菜まつり実行委員会委員長、地域総出の協力で開催のあいさつ
山崎善也綾部市長のあいさつ
山崎善也綾部市長の激励あいさつ
登山口の水分神社
10時からの開会式取材をすませて弥仙山登山に向かう。登山者は殆んど先に出発している。登山口の水分(みまくり)神社
大本開祖修業の滝
大本開祖修業の滝(大本開祖:出口直刀自様が業に籠られた滝に下りる)
於成寺古跡の祠
於成寺古跡の祠
於成神社
弥仙山中腹の於成(おなる)神社
大本開祖御出修之地の石碑
大本開祖御出修之地の石碑
巨巖を祀っている
巨巖を祀っている
日の出を迎える注連縄
舞鶴市境の稜線に登り山頂に辿り着く、手前にある日の出を迎える注連縄、石仏が祀られている
丹波富士・弥仙山頂上に建つ金峯神社
丹波富士・弥仙山頂上(664m)に建つ金峯神社、明治初年の建替え工事までは女人禁制だった歴史をもつ
金峯神社の祭壇
金峯神社の祭壇、宮司さんは麓から順に御参りされてきて降りられる姿に出う
弥仙山からの眺望
弥仙山からの眺望。沢山の人が昼食を食べていた
三角点:於与岐町
孫たちに出会えずに改心の道を下山に向かう。三角点:於与岐町(改心の道にちなみ、点名「改心」と地元名をつける運動を提唱中、国土地理院には地本名が定着してから働きかけ)
弥仙山改心の道回遊コース分岐点
弥仙山改心の道回遊コース分岐点(上林に向かうコース・於与岐に降りるコースの分岐標識)
マンボージャズバンドのメンバーが吹管の練習
下りてくるとマンボージャズバンドのメンバーが吹管の練習をしていた
孫たちは山頂の金峯神社で弁当を食べてから、登った道を降りたとのこと、山頂ですれ違ったようだ
水分神社・地元名:12社さん
水分(みまくり)神社・地元名:12社さんまで孫たちを迎えに上がった
神饌を祭壇に運び込む宮司さま
神饌を祭壇に運び込む宮司さま
マンボージャズバンドの演奏
マンボージャズバンドの演奏

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ジャンル : 学問・文化・芸術

綾部の文化財

華やかに、はなまつり稚児行列が行われた

好天気に恵まれた4月29日(木・祭)は、由良川花壇公園で行われた「丹の国まつり」のオープニング・セレモニー・花壇展・丹の国パレードのあと、つづいて「丹の国パレード」をITビル前からJR綾部駅前まで追っかけて取材、取って返して午前11時15分から行われる、はなまつり稚児行列開始に出発点の了園寺前へ急いだ。
1ケ寺だけでは大勢のお稚児さんたちが集められないので、本行事は綾部町区仏教会が共同で開催されている。

曳いて歩く白象の乗った花車をバックに
曳いて歩く白象の乗った花車をバックに記念撮影
並ぶお稚児さんたち
所定の位置に並ぶお稚児さんたち
綾部町区仏教会のお住職さま方
パレードの先頭は、主催の綾部町区仏教会のお住職さま方
花を持ったお稚児さんたち
片手に紅白の曳き綱をもち、もう一方の手には花を持ったお稚児さんたち
ITビル前までパレード
西町アイタウンの繁華街を了園寺から西町交差点をわたり、ITビル前までパレード
白い象の花車を曳くお稚児さんたち
白い象の花車を曳くお稚児さんたち
花車を曳き、つづく年少のお稚児さんたち
小さめの花車を曳き、つづく年少のお稚児さんたち
椅子席にすわるお稚児さん
ITビル前の花祭り会場に到着、椅子席にすわるお稚児さん
お住職さんの手で花祭り法要
お住職さんの手で花祭り法要がおこなわれる
お釈迦さまに甘茶をかける稚児さん
お釈迦さまに甘茶をかける稚児さん
お釈迦さまに甘茶をかける稚児さん
お釈迦さまに甘茶をかける稚児さん

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5月5日恒例の秋葉三尺坊大権現奉祀・通称「味方の火祭り」が盛大に開催された!

遠州静岡県秋葉山上に古代より秋葉寺があり、同寺に千数百年前より秋葉三尺坊大権現が奉祀されていました。秋葉三尺坊は霊験あらたかな火防の守り神として、関東を中心に全国に渡り多数の信者(講中)があり、信仰の中心となっておりました。明治初年神仏分離令により三尺大権現の御神体と物件一式を秋葉寺から可睡斎(かすいさい、曹洞宗屈指の名刹で山号は万松山)は寺の名前でおよそ600年前、恕仲天禅師の開祖で、十一代の住職仙麟和尚は幼い徳川家康とその父を戦乱から救われ、その後、浜松城主となった徳川家康公が親しく和尚を招き旧恩を謝した時、和尚がその席上でコクリコクリと無心に居眠りするのを見て、「和尚我を見ること愛児の如し。安心して眠る。我その親密の情を喜ぶ、和尚睡る可し」と言われ、それ以来、可睡和尚と呼ばれ寺名も「可睡斎」と改め、駿河、遠州、三河、伊豆四ヶ国の総録司という職を与え、十万石の待遇にせられた。江戸時代の綾部九鬼藩では火災が多発し、特に文化年間には寺村(今の寺町)から出火、寺村、上野、上町等を中心に町家、百姓,寺院など約三百戸余りを焼くという大火がありました。その当時から秋葉さんを信仰する村々が多くなり、味方(みかた)村にも挙って「秋葉講」が結成され、他の村にも多くの講中もありましたが、文化三年(1806)味方村が発起して何鹿郡(いかるがぐん、今の綾部市)を中心に天田郡の東部(今の福知山市)、船井郡(亀岡市、京丹波市等)、丹後地方などをまとめて「味方村百人講」が結成され味方秋葉講元とも呼ばれていました。平成22年(2010)で開講204年、味方分霊場建立49年目となります。味方町自治会主催で祭礼日は毎年5月5日午前10時30分開始で、儀式は真言宗醍醐寺派綾部三光教会(大槻光祥主管)により護摩供養や大渡り、湯立行事が行われた。参拝者には無料の福引等で大賑わいでした。11時45分行事は無事終了しました。

綾部三光教会大槻主管様達の参拝
1.味方町副自治会長の司会で開始午前10時30分
大槻主管玉串奉納
2.綾部三光教会大槻主管様達の参拝と祭事開始のほら貝
四方諭味方町自治会長玉串奉納
3.大槻主管玉串奉納
四方諭味方町自治会長玉串奉納
4.トップに四方諭味方町自治会長玉串奉納(多数のご来賓の玉串奉納もありました)
護摩供養儀式場へ入場の文句
5.護摩供養儀式場へ入場の文句
四方へ矢を放つ前の文句
6.四方へ矢を放つ前の文句
清めの矢を放つ
7.清めの矢を東西南北の四方へ2回放つ
薙刀でのお祓い
8.薙刀でのお祓い
槍でのお祓い
9.槍でのお祓い
願文奉上
10.願文奉上
護摩点火の用意
11.護摩点火の用意
点火
12.点火
導師による護摩供養
13.導師による護摩供養
その2
14.その2
湯立
15.湯立(熱湯を竹の葉で浴びる)
16.導師、素足での大渡り
16.導師、刀を抜き裂ぱくの気合をいれて、素足での大渡り(火渡り)
素足での大渡り
17.刀抜き、気合をいれ、素足での大渡り
綾部消防団幹部
18.ご来賓トップの火渡は「綾部消防団幹部の方」さすが素足でも熱いの声は無い
一般の方の火渡り
19.一般の方の火渡り(アチチの声が大分聞こえたがこの若い可愛い女性素足元気一杯でした。小生臆病で火渡りしたことが無い!)
大槻導師の終わりの挨拶
20.綾部三光教会大槻導師の終わりの挨拶「火=日は大変大事なものであり、又無くてはならないものですから、大事にしましょう!」


綾部九鬼藩については下記をクリックして見て下さい。
http://www.ayabun.net/35nen/kuki/kukisiryo.htm

ホームページ綾部の文化財から「綾部の文化財歳時記」を是非見て下さい。秋祭りは重なっており5年経ってもまだ完成していませんが大部分は掲載しております。
http://www.ayabun.net/



テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

綾部の文化財

丹の国まつりパレード2

綾部丹の国まつりの諸行事、由良川花壇展・丹の国パレードは、由良川にかかる白瀬橋南詰めの「由良川花壇公園」を出発して、綾部の繁華街の西町アイ・タウンをパレードし、ITビル前で休憩、再び広小路を経由してJR綾部駅前広場に向かった

チンドンヤさんの協演
ITビル前でチンドンヤさんの協演
綾の本鼓笛隊のバトントワラー少女たち
丹の国パレードの先頭を切るのは綾の本鼓笛隊のバトントワラー少女たち
笛を吹き鳴らし鼓笛隊
笛を吹き鳴らし鼓笛隊が行く
三色旗を立てて少年隊がつづく
三色旗を立てて少年隊がつづく
少年サッカークラブの行列
flegeのユニフォームを着た少年サッカークラブの行列
綾部ファイターズの少年野球チーム
綾部ファイターズの少年野球チーム
青野町子ども会の青い法被を着た少女花みこし
青野町子ども会の青い法被を着た少女花みこし
大勢の少年少女に担がれた花みこし
大勢の少年少女に担がれた花みこしが元気いっぱいで行く
3つ目の花みこし
3つ目の花みこしも元気良く
綾部太鼓保存会の大やぐら
綾部太鼓保存会の大やぐらが行く
綾部太鼓子ども会の一同
綾部太鼓子ども会の一同が太鼓のバチを手に
JR綾部駅前広場にて
JR綾部駅前広場に到着するとステージ前にパレードに参加した子どもたちが休んでいる
青野町子ども会の一同
青野町子ども会の一同
少年野球の一同
少年野球の一同
少年サッカーの一同
少年サッカーの一同
賑わうJR綾部駅前広場のテント村
賑わうJR綾部駅前広場のテント村

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ジャンル : 学問・文化・芸術

綾部の文化財

5月5日こどもの日・恒例の綾部フアミリーフエステイバルが風光明媚な紫水ヶ丘公園で開催された

5月5日(祭)こどもの日恒例の「綾部フアミリーフエステイバル」が風光明媚な紫水ヶ丘公園で開催された。自家用車は乗り入れ禁止ですがJR綾部駅北口、綾部振興局駐車場、国道27号線の京都交通跡地駐車場から随時無料のシャトルバスが運行された。家内も車は京都交通跡地駐車場に駐車し、シャトルバスで来ました。午前10時花火の打げとともに中丹和太鼓塾8期性の女性8名の「童夢(どうむ)」による堂々たる和太が演奏され「綾部フアミリーフエステイバル」が開始され午後3時までにぎわった。出店も10店以上、目だったのは足つぼマーサージの店(ゆのん)等もあった。この綾部フアミリーフエステイバルも年々にぎやかになってきています。つつじが満開の大変熱い日であった!

紫水ヶ丘の会場横断幕
1.紫水ヶ丘の会場横断幕
プログラム案内板
2.プログラム案内板
和太鼓女性8名「童夢
3.打ち上げ花火とともに和太鼓女性8名「童夢(どうむ)」の演奏で開催
出店 その1
4.出店 その1
出店 その2
5.出店 その2
出店 その3
6.出店 その3
フリーマーケット
7.大繁盛のフリーマーケット
国登録有形文化財の7連のトラス綾部大橋
8.この公園からは国登録有形文化財の7連のトラス綾部大橋と大本綾部本部のみろく殿が見える!

国登録有形文化財の7連のトラス綾部大橋は下記をクリックして見てください。
 http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/302.html

宗教法人「大本」のホームページは下記をクリックして見て下さい。又、リンク集の当会のホームぺ-ジ「綾部の文化財」の「文化財歳時記」で大本綾部本部の行事を数多く掲載しております。
 http://www.oomoto.or.jp/Japanese/jpSeic/baishoguide.html

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綾部の文化財

第18回戸奈瀬町つつじまつりが開催された

平成22年5月2日(日)午前10時本日の天候は最高によかった。「恒例の第18回つつじまつりが戸奈瀬町」で開催された。丁度国道27号線の戸奈瀬町沿いの「つつじの直売所」(同まつり実行委員会主催、戸奈瀬町営農組合主管)でてヒラドツツジが戸奈瀬町一帯で約1万本が例年なら満開となるのですが今年は残念ながら春先の雪降で一週間以上送れていた。ヒラドツツジ3本で1,000円、地元産の野菜は誠に格安で竹の子1本40円、山ふきもい一束50円等、家内も買っていた。模擬店の焼そばも150円等の格安で大賑わいでした。正午からステージでコンサートも実施され、午後1時30分にはビンゴゲームもあり無事午後3時終了した諭旨。

戸奈瀬町のつつじまつりの案内板
1.戸奈瀬町のつつじまつりの案内板
つつじまつり会場その1
2.つつじまつり会場その1
会場その2
3.会場その2
会場その3
3.会場その3
会場内販売所その1
4.会場内販売所その1
会場内販売所その2
5.会場内販売所その2
ヒラドツツジが咲いていた
6.日当たりの良いところではチョッピリとヒラドツツジが咲いていた

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綾部の文化財

4月29日あやべ丹の国まつり協賛「芸能発表会」が華麗に実施された

4月29日(祝)主催:あやべ丹の国まつり実行委員会・主管:綾部市文化協会により西町ITビル2階大広間にて午後12時30分総合司会:景心流六映会の佐々木旺景氏により始まり、綾部市文化協会副会長木下和美氏の挨拶、来賓:山崎善也綾部市長の挨拶に始まり、第一番目は大正琴「琴麗会」最大参加人数26名による「五番町のマリー、なごり雪」の発表で「芸能発表会」が始まった。全てを掲載したいのですが掲載の枠もあり、各派の代表の一場面が主となったが特に素晴らしかったものは2場面を掲載した派もあります。この技能発表会も年々素晴らしいものになって来てます。入場料は勿論無料ですので来年は是非ご来場下さい。

木下和美綾部市文化協会副会長の挨拶
1.木下和美綾部市文化協会副会長の挨拶
山崎善也綾部市長の挨拶
2.ご来賓:山崎善也綾部市長の挨拶
琴麗会「大正琴」
3.琴麗会「大正琴」五番街のマリー、なごり雪:総勢26名は今回の発表最大数で素晴らしい演奏でした。下記を見てください。
綾部観世会「謡曲」羅生門
4.綾部観世会「謡曲」羅生門です。
花柳流有喜玉会「日本舞踊」
5.花柳流有喜玉会「日本舞踊」可愛い女の子2名の「梅にも春」を掲載したかったのですが、撮影がもうひとつなので素敵な若い二人の女性の「潮来出島」を掲載します
吟道大雅流頌風館「吟詠」山行
6.吟道大雅流頌風館「吟詠」山行(女性4名)山行同士に示す(男性3名)立山を望む(男性2名)富士山(女性4名)の発表でしたが、一番目の山行(女性4名)を掲載します
民踊友の会「民踊」どんぱ節
7.民踊友の会「民踊」どんぱ節(女性5名)軽快な踊りが楽しめました!
寿千会(塩見筝曲教室)「邦楽」
8.寿千会(塩見筝曲教室)「邦楽」演歌で綴る・琴(4名)・三味線(1名)・尺八(2名)歌唱(1名)で別れの一本杉ときよしのズンドコ節で素晴らしかったです
綾ミュージック「歌唱」
9.綾ミュージック「歌唱」いつも素晴らしい歌唱を聞かせてくれるのですが、女性の方の写真うまく撮れたはずだったのですが、「もくれん」を掲載します
尾上流菊宣会「日本舞踊」
10.尾上流菊宣会「日本舞踊」可愛くって素敵な「蓬莱」を踊って頂いた女性を掲載します。ここで大一部終了です

田所卓綾部市文化協会々長のご挨拶
11.第二部開会:田所卓綾部市文化協会々長のご挨拶です
三松会「筝曲」さくら変奏曲
12.三松会「筝曲」さくら変奏曲(一筝1名、二筝5名、十七絃1名)素晴らしい演奏でした
若柳流楽扇会「日本舞踊」
13.若柳流楽扇会「日本舞踊」さんさ恋しぐれ、有間川、湯の町エレジーどれも素晴らしく迷ったのですが「湯の町エレジー」を掲載します!
都山流尺八綾部会「尺八演奏」
14.都山流尺八綾部会「尺八演奏」流祖中山都山作曲の本曲「朝風」男性9名良かったですね!
あやべ踊り保存会「あやべ踊り」
15.あやべ踊り保存会「あやべ踊り」両丹地区では福知山音頭が有名ですが、このあやべ踊りはより複雑で少々難しいですね!
綾部市歌唱連盟「歌唱」
16.綾部市歌唱連盟「歌唱」4名の方々でそれぞれさすが歌唱連盟の皆さんだと感激したのですが撮影巧く撮れてなくて「踊り子」を歌って頂いた方のみ掲載しました
神心流北都地区「吟詠」
17.神心流北都地区「吟詠」構成吟で異国情緒(画と歌と吟で綴る)の名の如くその場で画を描かれ吟され素晴らしかった「画道吟・異国の丘」です
合吟「九段の桜」
18.同上会派の合吟「九段の桜」です
民謡みやび会「民謡」貝殻節
19.民謡みやび会「民謡」貝殻節(合唱)です!
華の会「新舞踊」
20.華の会「新舞踊」津軽海峡冬景色等3名の素敵な女性の踊りで全て掲載したかったのですが入力の都合で「酒がたり」を踊って頂いた方ともう一方掲載します!
フナーレの「うりずんの頃」
21.同上会派の素晴らしいフナーレの「うりずんの頃」です!見とれて冷静には撮れず本物は自分の目でその場で見て欲しかったですね!
事業部長佐々木旺景の閉会の挨拶
22.綾部市文化協会第3部事業部長佐々木旺景の閉会の挨拶「11月の中丹文化会館での芸能発表会は従来は朝から始めていたものを午後12時開始とし、より充実した内容で発表します。」との事です。入場料無論無料ですよ!

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綾部の文化財

4月29日あやべ丹の国まつり協賛「さわやか展」

4月29日午前9時~午後4時まで西町ITビル2階にて「さわやか展」が実施された。展示の部▲いけ花:池坊・未生流・嵯峨御流紫陽会・嵯峨御流綾部司所・小原流▲山草盆栽:山草会▲ちぎり絵:和紙ちぎり絵しゅんこう▲押花:ふしぎな押花倶楽部教室▲組ひも:工芸きもの組紐の出展でした。尚、お茶席の部:ITビル前の当会の関係ある「文化と癒しの館・燦々堂(さんさんどう・火曜日休業・骨董展示を楽しみ昼食や喫茶も楽しめます。駐車場もOK)}にて「裏千家淡交会両丹支部綾部分会」によるお茶席がたったの@300円で午前10時から午後4時まで大勢の方が楽しまれました。

展示の部その1
1.展示の部その1
その2
2.その2
その3
3.その3
その4
4.その4
お茶席の部(ITビル前燦々堂)
5.お茶席の部(ITビル前燦々堂)

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