2008-08

岩王寺と文化財(七百石町)

綾部市七百石町寺の段1番地にある、あやべ西国観音霊場第25番札所「如意輪観世音菩薩」、高野山真言宗「神宮山・岩王寺(しやくおうじ)」春は桜、秋は紅葉で美しい、通称「かやぶきの山寺」は平安中期の天暦3年(949)に空也上人によって開創されたと伝えられっている。又、足利高氏公の旗上げ祈願で七百石の寄進から七百石町と名付けられたと云う。昔はこの寺近くで硯石「石王寺石(しゃくおうじいし)」が出たところから名付けられたとも云う。詳細はここをクリック願います
当会設置の「駒札」
岩王寺駒札

京都府登録文化財「仁王門」
岩王寺 仁王門

京都府登録文化財「本堂」1棟
岩王寺 本堂

今、花は咲いていないが「萩の花迷路」と寺境内
花迷路

流れ山水の庭
流れ山水の庭

綾部の古木・名木100選のひとつ「サンシユ」と境内社「熊野神社」
サンシユ

極楽寺と大賀ハス(白道路町)

綾部市白道路町鎌倉田の「あやべ西国観音霊場第19番札所・臨済宗東福寺派の東谷山・極楽寺」の大賀ハスがほぼ八分咲きとなりました。
この大賀ハスは昭和59年に前の伊藤住職(現在亀岡で隠居)が東京の著名な彫刻師である松本繁来(まつもとしげき)氏に「高さ約1メートルの薬師如来」を依頼され、意気投合で2千年前の大賀博士が発見され、「大賀ハス」となずけられた物を、3粒貰われえ、それをこのように育てられた諭旨である。
その他多くの資料はこの記事をクリック願います
極楽寺:2千年の眠りから覚めた大賀ハス

綾部市指定「木像阿弥陀如来像」
極楽寺 木像阿弥陀如来像

松本繁来作楠の「薬師如来像」
薬師如来像

前の伊藤住職(隠居・亀岡在住)の好きな16羅漢の掛軸
16羅漢の掛軸

由利滴水禅師の記念碑
由利滴水禅師の記念碑

宝住禅寺ときゅうり封じ薬師大祭(味方町)

7月8日は「7転び8起き」達磨大師の言葉でであろうか!綾部市味方町の「あやべ観音霊場第3番臨済宗妙心寺派「羅漢山・宝住寺」では毎年7月8日に「きゅうり封じ薬師大祭」が開催されます。小生初めてこの「大祭に参列」した。又、この寺の紹介は「花と綾部の文化財17」で一度紹介しているが、とても紹介しきれなかったので、「この大祭」を機会に残りを紹介します。綾部市指定「薬師如来坐像」は平安時代のもので高さ90.8センチメートルで藤原時代の特徴を良く備えているが,膝辺の彫刻が形式化し、薄くなっているのは後世に手を加えられたものである云われている。
薬師堂(左手の山の羅漢さん達に囲まれている)から綾部市指定「薬師如来坐像」を本堂へ移す。
宝住禅寺 薬師堂

本堂に安置された「薬師如来坐像」
宝住禅寺 薬師如来坐像

きゅうり封じ受付所
きゅうり封じ受付所

午前8時45分第1回目の法要が「河野儀方住職の太鼓と般若心経」で始る。この後、数回法要があり、午後1時には大般若心経転読・詠歌奉詠。
詠歌奉詠

達磨大師像
達磨大師像

韋駄天像
韋駄天像

又、宝住禅寺第1回目の投稿は、ここをクリックねがいます

国指定名勝「照福禅寺の庭園」と文化財(鷹栖町)

7月3日(月)午前中、あやべ西国観音霊場めぐり第5番臨済宗妙心寺派の「南泉山・照福禅寺」を訪れる。この寺は戦国時代、即ち元・広瀬町城山の甲ヶ峯(その跡を招福寺ヶ成るという)にあったそうだが明智光秀の丹波攻めの兵火で焼かれ、その後、山家藩谷家の庇護により、今の地鷹栖町へ移った。住職の和久氏はこの元の城主の流れを引く方である。有名なのは「国指定名勝・照福寺庭園(北庭々園・含む含勝庭)」と「生々園」や「あやべ西国観音霊場巡りで春一日、秋一日しか、御開扉されない聖観音菩薩様」を特に撮影させて頂いた。ここには多くの文化財がありすべは紹介で着ないが、できるだけ多くの写真を掲載した。
当会の紹介「駒札
照福禅寺駒札

寺の正面左手が「真観庭(しんかんてい)」
照福禅寺 真観庭

本堂内の「韋駄天」様
韋駄天

国指定名勝「照福寺庭園(北庭々園と含勝庭)」
照福禅寺 含勝庭

本堂の御本尊「釈迦如来」様
照福禅寺 釈迦如来

本堂の見事な天井の「龍の絵
照福禅寺 龍の絵

書院の掛け軸は「狩野山楽の竹図
狩野山楽の竹図

観音堂と見事な「聖観音菩薩像」春と秋のあやべ観音霊場巡りの2日のみ御開扉。
照福禅寺 観音堂

参考:大型バス中型バスも駐車場へは、入れませんので国道27号線沿いの、JA支社前に駐車してください。尚、志納料はお一人300円でご住職又は奥様がご案内されます。電話:0773−46−0185、尚より詳しくは、ここをクリック願います

延喜式内社・伊也神社(広瀬町)

「花と綾部の文化財29」で紹介しました何鹿郡(現綾部市)の延喜式内社は12ヶ所あったが、「同 31」で紹介しましたように、「佐陀神社」は現存していません。
7月3日(月)午前中の用事が早く済みましたので綾部市の山家地区へでかけた。12社の内の「伊也神社(いやのじんじゃ)」が現存していることを知っていたからです。山家谷藩城址跡から登っていくのですが、伊也神社以上はとてもブッシュがひどく登れる状況でなかった。
式内社「伊也神社」:綾部市広瀬町城山にある。
御祭神:大日霊貴尊・素盞鳴尊(神名考証では大屋彦神となっている。)
由緒:当社はもと伊也ヶ谷(伊神いがみ)にあったが、天正年間大火にかかり谷氏陣屋の山手の現存地に遷した。この神社は丹波道主命によって奉斎されたという。
下の案内板
伊也神社案内板

下から見る「伊也神社
伊也神社石段下

登る途中からの「伊也神社(いやじんじゃ)」
伊也神社石段中

伊也神社
伊也神社本殿

背後のものすごぎ岩盤
伊也神社岩盤

山家谷藩等のことを、知りたい方はここをクリック願います

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