大峯山の女人禁制について

金峯山(山上ケ岳)の女人禁制について
綾部の文化財を守る会の研修旅行「世界文化遺産・吉野の国宝と文化財を訪ねて」の80名のバス2台の車中で回覧されたのが、この週刊朝日6/17号です。
時の人、田中利典師は、綾部のご出身で自坊も綾部市渕垣町にあり、乗り合わせた会員にも多数の知人がおられました。
週刊朝日6/17号/60頁
夫婦の情景より
幾重にも重なる山々にこだまする法螺貝の音が、山伏の季節が到来したことを告げている。紀伊半島の霊峰大峯山脈を尾根づたいに行く「大峯奥駈道」は、吉野山に始まる。山伏である夫は、この修験者の道を世界文化遺産に登録させた仕掛け人だった。霊域と世俗を行き来する夫と、彼を支える妻に会いに、修験道の聖地・吉野山を訪ねた。
◆女人禁制
夫「在家でありながら修行するのが山伏の本分。親父は国鉄に勤めながら修行していました。綾部はもともと行者信仰があついところで。昔はもっと厳格で、留守番の家族の者も精進していました。親父は、着々と私がこの道を歩むようにしていったのだと思います」
妻「私も行きたいなと思いますよ。ひざも悪いし、若いうちに行きたいなという気持ちはあります。小学校の林間学校でも大峯山に登ったのは男子だけでした。女も入らせてくださいと毎年訴えに来られる人の意見も同性としてわかる。でも、女人禁制を守っている人たちの意見もよくわかる」
夫「女人禁制によって大峯山の非日常性、聖地性が高められてきたのは間違いありません。ただし女人禁制自体は信仰ではない。大切なのは、今の時代に禁制を堅持することが大峯山の信仰を守っていくのに大事かどうかです。これは、信仰にかかわっている宗教者たちが問い直すべきです。ジェンダーフリーの人たちが、人権問題として開けろと主張する問題ではありません。そんなことをしたら先人たちに申し訳ない」
妻「家でも議論したこともありますが、私が『開けたら』と言って、主人が『開けるわ』と言う問題でもないんです」夫は大学卒業後、金峯山寺に勤めた。吉野山にある東南院の宿坊でアルバイトしていた妻と出会ったとき、妻は高校生だった。
夫「かわいらしいなと思って……」 後略します
なお、HP「役行者ファン倶楽部」の掲示板「役行者・修験道を語る」「吉野山人」のハンドルネームで書かれている下記検索で詳しい内容が伺えます。
最上段の「検索」→キーワード「女人禁制」と入力 →検索領域 中央の「○ログ」をチェック →「検索」ボタンを実行 →36件、A4版41ページの関連資料があります。「大峯山の女人禁制について」「修験道ルネッサンス」など素晴らしいものです。是非ご一読ください。
注:セキュリティにオカルトを設定の方は解除しないと見られないかも?
吉野薫風抄 金峯山寺宗務総長 田中利典師著

世界遺産登録・吉野の国宝を訪ねての研修旅行は、梅雨入りが延びて、好天気に恵まれ素晴らしい研修となりました。
綾部出身の田中利典師には、格別のご配慮を賜り、特別ご開帳中の国宝・金峯山寺金剛蔵王権現像を前に法話をしていただき、続いて蔵王権現本地堂でも法話を賜った後、権現堂の前での記念写真撮影に加わっていただきました。世界遺産登録達成の主役を勤められ、週間朝日6/17日号に夫婦の情景の記事が掲載され、時の人です。ご多忙の中、本当にお世話になりました。
スキャナ−・OCRで収録。
初版本あとがき
何時頃からだろうか、本を出版するのが私の夢であった。けれども小説が書けるほどの文才があるわけでもなく、人に発表するような研究をしているわけでもない私が、本を出すなど、どう考えて到底実現出来そうになくて、夢は夢のまま、わが胸の奥深くしまいこんでいたのであった。
龍谷大学教授浅田正博先生は、私の大学時代以来の恩師である。ある時、「先生、蔵王清風をまとめてみたいんですが…」と言ったところ、「おもしろいんじゃない、やってみれば」と、思わぬ賛同を頂いた。本にするような内容じゃないなと内心思ってはいたものの、かねてより本を出したいと念願していただけに、光生のこの言葉は百千万の味方を得たよりも心強く、夢が少しずつ現実味を帯びてきたのである。
さて、本書は、合峯山修験本宗の機関誌『金峯山特報』に昭和五十七年四月から平成三年十二月にかけて、九年にわたり〈蔵王清風〉として執筆した拙文を『古野薫風抄ー修験道に想う』と改題して収録したものである。薫風とはかおりのよい風という意味もあるが、ここでは薫習(物に香りが移りしむように、仏の教えが心に残り留まること)を起こす風というような想いを込めて使わせて頂いた。
もともと〈蔵王清風〉は金峯山特報に連載されていたコラムで、本宗の五條順教管長猊下や故磯矢浄光宗務総長が執筆を担当されていた由緒正しい随筆欄であった。しかし私が金峯山寺に入山し、時報の編集に携わるようになった昭和五十六年当時は、すでに休載となっていたのである。
編集に就いて間もない私であったが、なんとかこの由緒あるコラム欄を復活させたいと願い、この旨を管長猊下に申し出た。ところが、「君が書いてみろ」と予期せぬ事態となり、全くの浅学非才を顧みぬまま、ペンを執らせて頂くようになったのである。
本書編集に際し、改めて読み返してみて、・・・後略
平成四年、蔵王堂再建四百年の初夏 著者
新装版あとがき
十三年ぶりに『古野薫風抄』が新装本として復刊となった。筆者として感慨深いものがある。実は昨年秋に『修験道っておもしろい!』(白馬社刊)と『はじめての修験道』(正木晃氏との共著、春秋社刊)の拙著二冊が上梓されたが、正直に言うと私にとっては両書より、一から十まで手作りで出版した処女随筆巣『古野薫風抄』への思い入れの方が格段に大きい。出版以来、何度も読み返しているのに、未だに時々本棚から取り出しては読むことさえある。しかも読かたびに、若気の至りを恥じ入る所もあるが、自分で言いた文章に、改めて感銘を受けたりもする。そういうと、呆けたのかと思われるかもしれないし、逆に、なんだかナルシストでいやらしい奴だと思われるかも知れないが、そうではなく、現在よりあの頃の文章の方が、一所懸命で、情熱に満ちていて、忘れていた熱いものを思い出させてくれたりするのである。ま、人間的に少しも成長してしない証なのかもしれないが…。
いずれにしろ金峯山時報社刊ということで、金峯山寺以外では販売していなかった本書が、白馬社さんでの出版を機会に、広く世に出ることになるのは、たまらなく嬉しいものだ。最愛の子供を、褒められたような気分なのである。
復刻に当たって、初版本から、少し書き換えたり、新たに差し替えたりしたものもあるが、未熟ながら全編、三十歳前後の生き生きした私のつぶやきである。
末尾になるが、復刻に当たって私には誉めすぎとも思える素情らしい巻頭言を贈っていただいた正木晃先生と、快く挿絵写真の提供をいただいた岡橋実浄氏並びに藤田庄市氏、金峯山寺写真部に御礼を申し上げたい。また初版完売以来埋もれつつあった本書を、世に出してやりうという誠に奇特な提案をいただいた白馬社の西村孝文社長にも、深く感謝の意を捧げるものである。
平成十七年乙酉二月 齢五十の記念として 田中利典 師
修験道って面白い!:田中利典氏著

綾部の文化財を守る会からの回覧です。
見出し:修験道の修行は、大自然の中で風を拝み、岩を拝み、本を拝みながら行われる。現代の日常生活では考えられない過酷さである。
しかし、その修行に魅せられ、何度も繰り返していくうちに不思議な力を得るのである。それは、こころと身体の理想的な調和であり、生と死を超越する「行」の世界の体験である。
大峯奥駆修行は、その代表である。近年、多くの一般の参加者か山伏たちとともに修行に入っている。
山中修行の体験で蘇った人々はやがて、日常生活の中で自分とその回りを変えていくだろう。
大挙修行:大峯修行とは
古野から熊野にかげて紀伊半島の中心を背骨のように貫いて存在するのが、霊峰大峯山脈。修験道の開祖役行者によって聞かれた、最高にして最大の修験根本道場である。
未だに女人禁制を堅持することで知られる大峯山山上ケ岳。その山上ケ岳一帯を含む北端の古野山から南端の熊野本宮に至るまで、弥山、八経ケ岳、釈迦岳、行仙岳、笠捨山、地蔵岳、大黒天岳など仏縁に繋がる山名を冠した、千五百メートル級の山々が続く大峯山脈全体を信仰的に尊称して大峯山と呼ぶ。まさにここは修験道の聖地中の聖地なのである。
因みに大峯山のうち、古野山から山上ケ岳に至る山々を金峯山(きんぷせん)と呼び、山上ケ岳とは金峯山の山上にあたるところからその名を得たといわれる(だから本来は大峯山山上ケ岳ではなく、金峯山山上ケ岳か正しい)。この古野・大峯を中心に、我が国独特の民族宗教・修験道は千三百年の歴史と文化を刻み、その信仰を脈々と現代に伝えてきたのだ。
一般にその名が知られる修験道の奥駈行は、大峯山脈を尾根づたいに約百七十キロにわたって跋渉する修行である。大峯奥駈道こそ、開祖役行者に由来する修験道史上最も尊ばれた修行道なのである。
古野・大峯とそこにはぐくまれた修験道の営みを知ることは、むずかしく言うならば日本の基層の文化と宗教に触れることである。またそこを体験することは単に自然に親しむということだけではなく、大袈裟に聞こえるかもしれないが、日本人としてのアイデンティティ(自己同一性)のひとつを取り戻すことでさえあると私は思っている。・・後略
行力(ぎょうりき)
前略:かといって修行をして、なにも験力を得ていないのかというとそうでもない。私は常々「葬式は霊魂の存在を前提として行うものであるし、加持祈祷は奇跡を前提として行うものである」と思っている。その体で言うなら普段の法務で行っている護摩供修法や加持祈祷の諸作法は、基本的には人智を超えた神仏による奇跡が前提とたっているのであり、その奇跡が行われるのは偏に行者の行力が背景にあるからこそであろう。いわゆる験力ともいえよう。私も頼りないながらも、修行で得た験力を基本として、加持祈祷に臨んでいるのである。実際、行中にいろんな不思議を経験することは多い。・・後略


