2007-12

献上・紀州梅道中に遭遇

なんと六月六日は「梅の日」、上賀茂神社楼門前でご案内の祢宜さまを囲んで2号車一行の記念写真を撮影し一行は拝殿に入門。私はさらに1号車一行の到着を待ち記念写真を撮影。続いて拝殿に入門かと思ったが、案内の祢宜さまに連れられて周辺の参観に向かった。すると突然ホラ貝が鳴り響き、楼門前の太鼓橋の前後の欄干に結ばれた制止縄が解かれ、山伏、法師など平安時代を思わせる紀州梅献上の一行がやってきた。(なべちゃん記)
 1号車の皆さんは、当参拝団担当の権禰宜の村松晃男さんに案内され、特別に東門を開けてもらいこの東門から入り、国宝本殿前での「今年の梅の献上儀式」を行列参加者以外は、入れない所から見られた諭旨、国宝権殿も見られたとの事です。精進の賜物ですね。(四方續夫記)
祢宜を先導にホラ貝を吹き鳴らす山伏・法師・幟・献上木札の付き人一行
献上・紀州梅道中1

僧正のあとには裃姿の代表者がつづき、さらに平安時代の烏帽子・水干姿の献上者たちがつづく
献上・紀州梅道中2

太鼓橋の上に樹木があり日傘を横にしてとおる。平安時代の市女笠(いちめかさ)をかむり高貴な姿をした娘たちの晴れやかな大人数の一行が梅を入れた笊・花を持ってとおる
献上・紀州梅道中3

大きな梅干しの張りぼての後は、献上梅の葛籠を担いだ烏帽子・水干姿の献上者たち
献上・紀州梅道中4

つぎなるは梅の笊を持ち、梅の実のついた枝を背負った梅とり姿の女人たち
献上・紀州梅道中5

なんと献上梅の一行の祭殿への入門時に合わせたように2号車の会員が本殿参拝を終えて合流
献上・紀州梅道中6

献上梅道中一行から配られた「梅の御菓子」や枝からもいだ「梅」を手に持つ会員たち、してやったりとニコニコ顔の四方事務局長
献上・紀州梅道中7

楞厳寺と文化財2

6月19日(月)朝、瑠璃寺の再度の撮影に大畠町の寺総代宅へ行くも不在、「もう一度来て下さいとの仏の声。」、帰路、綾部唯一の「関西花の寺25ヶ寺の第2番、あやべ西国観音霊場第14番の楞厳寺(りりょうごんじ)」へ立ち寄る。「花と綾部の文化財11」で紹介したが、それぞれ樹齢400年を越える3古木(椿、菩提樹、百日紅)の一つ「菩提樹」が咲き始めました。その他前回で紹介できなっかた霊水の湧く「宝筐印搭」や明治の大画家、長井一禾(ながいいっか)の屏風絵等。
3分から5分咲きの菩提樹の白い花
3分から5分咲きの菩提樹の白い花

霊水の湧く「宝筐印搭(ほうきょういんとう)」
霊水の湧く「宝筐印搭(ほうきょういんとう)」

長井一禾の屏風絵「鴉と柿木」
長井一禾の屏風絵「鴉と柿木」

長井一禾の掛け軸「鴉と夕日」
長井一禾の掛け軸「鴉と夕日」

本堂天井の「四季の花」
本堂天井の「四季の花」

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石田神社とその文化財等(安国寺町)

6月18日(日)は17日の雨の余波で、畑が無理なので午前中、神社撮影巡りと決めて、石田、於与岐、諏訪、九社、高蔵神社と淵垣八幡宮を廻ってきたので順次紹介の予定です。
先ず京都府指定文化財の「石田神社本殿(昭和61年4月15日指定)とその右側にある国重文の恵比寿神社本殿(西宮大明神と札が掲げられている。)」を紹介します。本殿は正面に軒唐破風(のきからはふう)、千鳥破風(ちどりはふう){破風とは屋根の切妻部分のところに打ちつける合掌形の厚板、又はその三角形のこと}を付けている。軽快な装飾で、又手の込んだ彫刻をもち、妻(つま=近世的手法)で正徳期(1771年代)のもので、大工は梅迫の四方好兵衛政重と、その長子小兵重頼、次男源兵衛重種のの親子である。国の重要文化財に指定された、本殿右側にある「恵比寿神社本殿」は西宮大明神と呼ばれ、昭和62年6月3日に指定されました。もとは三間社流造りで、その身舎(本体)部分は、本殿の小屋屋根裏に残った鎌倉時代末期・延慶4年(1311)の棟札から石田神社の本殿の前身建物(旧本殿)であろうと言われている京都府北部最古の神社遺構である。尚、この地域は「石田神社文化財環境保全地区」に京都府より指定されている。
石田神社正面と当会の駒札
石田神社大鳥居

石田神社駒札

京都府指定文化財「石田神社本殿」
京都府指定文化財「石田神社本殿」

石田神社本殿

国重要文化財の境内社「恵比寿神社本殿(西宮大明神)
国重要文化財「恵比寿神社本殿(西宮大明神)

修抜所
修抜所

ホ−ムペ−ジ「綾部の文化財・元旦初詣風景」

丹波三瑠璃寺とその文化財等(大畠町)

6月17日(土)午前中と昼過ぎ、当所ではアナグマででるのでスイカにネットの囲いを新たに購入し、準備を始めたが雨となったので中止。気になっていた楞厳寺の菩提樹を見にいくが、まだ蕾。近くの、綾部市大畠町東谷田40番地のあやべ西国観音霊場第13番札所で、かの有名な「丹波の三瑠璃寺」、この大畠町、舞鶴吉田、氷上郡(現丹波市)の小川の3瑠璃寺の一つである「大嶽山 瑠璃寺」である。寺伝によると文禄2年(1593)大畠城主大槻飛騨守が、亡き先代山城守の菩提を弔うため建立した綾部市で最も古い曹洞宗の寺であると言う。開山初祖は福知山久昌寺の初祖の威雲宋虎禅師である。本尊として祀られている「十一面千手観音像」は当初、綾部藩主九鬼公の念持仏であったと言う。九鬼公の催す法要には山主が参列し、また九鬼公も休養のためよく当寺を訪れたと言う。又、3ヶ寺の薬師堂の薬師如来像は一本の同じ楠から彫られた像という。
写真は後日の楽しみに、ご縁があったのは道に迷い探していたところ、元綾部信用金庫本店(現北京都信用金庫綾部支店)で退職された大槻氏に出会い、すぐ寺総代様に紹介され仏像の写真が撮れたことです。「薬師如来」様の像の写真は鍵がなく撮れなかったのです。「又、撮りにきなさい。」との如来様の声が聞こえます。又、戦時疎開でこの寺に宿泊した京都市日彰小学校の生徒が昭和57年に「記念碑」たて又、平成7年に還暦に同窓会をこの寺で行なった事でも有名です。
本堂前
三瑠璃寺

鐘楼
三瑠璃寺 鐘楼

本堂内(左手は達磨大師様)
三瑠璃寺 本堂内

厨子を開くとなんと見事な「十一面千手観音菩薩」様
三瑠璃寺 十一面千手観音菩

左手に「十一面観音」真中、「永平開山道元大師」右に当寺開山の「威雲宗虎禅師」様
十一面観音、永平開山道元大師、威雲宗虎禅師

十一面観音菩薩
十一面観音菩薩

薬師如来像(一本の同じ楠から彫らたと言う像)(左・右に日光及び月光菩薩様)8月8日が縁日で善男善女の参詣でにぎわいます。
薬師如来像

宝満寺とその文化財等(西方町)

本日は平成18年6月16日で、昨日6月15日は弘法大師様の誕生日でした。その終わりに、小生が参拝したこの「吉祥山 宝満寺(ほうまんじ)」は綾部市西方町大坊29番地にある高野山真言宗あやべ観音霊場第22番札所です。でありながら、撮影をお願いした訳で、大変良き日、良き縁であった。平成12年6月多額の費用をかけられ本堂を改築。小生達のあやべ観音霊場めぐりBコースではこの翌月7月に如意輪観音堂内のみ参拝で、一日13ヶ寺の参拝コースでは、本堂、毘沙門天堂など全然見る時間がなかった。今日16日朝、お訪ねすると、松本龍雄住職ご夫婦二人ともご健在で、弟の松本大円師は、知る人ぞ知る、「現在、京都の清水寺の名誉管長」である。
宝満寺正面
宝満寺

美しい境内
宝満寺境内

左「毘沙門堂」と右「観音堂」
毘沙門堂と観音堂

本堂の不動明王(極彩色はめったにない像である。)
宝満寺 不動明王

本堂の天井図(春夏秋冬花)
宝満寺本堂の天井図

本堂の見事な「欄間」(その奥に上記の不動明王様が祀られている。)
宝満寺 欄間

大日如来を左手に、右手に弘法大師様を従えた「毘沙門天」様
宝満寺 毘沙門天

左手に地蔵菩薩、右手に弘法大師様を持つ、「如意輪観音菩薩」様
宝満寺 如意輪観音菩薩

高さ十八尺の石造多宝塔の内部には「聖徳太子像」が祀られている。
宝満寺 如意輪観音菩薩

故大西良慶筆の扁額等
故大西良慶筆の扁額等

弘法大師様に「甘茶」を住職とかけ来年6月15日まで秘蔵する像。
弘法大師様に甘茶

高倉神社拝殿とその文化財等(高倉町)

今日朝、平成14年に京都府指定文化財及び神社境内一帯が文化財環境保全地区に指定された「高倉神社拝殿」へ行ってきた。綾部市はすごい、延喜式内社がなんと13社あり、お寺は約70ヶ寺もある、その延喜式内社の一つ綾部市高倉町(吉美地区)の「高倉神社」であるが、西坂町にも同じく延喜式内社「高蔵神社」があります。昨年、吉美のこの神社のかの有名な「五葉の笹」が全て枯れ、四方幸則宮司様を始め代表総代会の吉美地区の自治会長は大変だったが、今、見事に、再生しつつありますので撮影してきた。平成14年の秋の会報第55号からカラー刷りとなり、四方律夫前宮司(当会幹事)様がこのように投稿されています。「高倉神社の御祭神以仁王は治承4年(1180)6月吉美郷里へ辿りつかれましたが、矢傷が悪化し十二士や里人達の介護もむなしく崩御されました。以仁王は矢傷の腹痛の激しさの中で「私が他界したらこのような腹痛の苦しみを後世の万民が味わうことのないよう救い守護しよう」と仰せられました。人間の身体内の大切な臓器を五臓(心・肺・肝・脾・腎)といいます。笹の中にはこの五臓を活性化させる成分を多量に含んでおります。(以下略)
 又、今回掲載していないが「綾部市指定無形民俗文化財のヒヤソ踊」が10月の第2日曜日の秋の大祭に神社前で朝8時頃から、又、高倉神社里宮で昼前奉納されます。

高倉神社全景
高倉神社全景

京都府登録文化財「高倉神社拝殿」
高倉神社拝殿

大地主神社と夫婦杉(綾部の古木名木百選の一つで幹周4.93と4.65メートル、樹高42と36メートル)
大地主神社と夫婦杉

白樫(綾部の古木名木百選の一つ、幹周5.2メートル、樹高12メートル)
白樫:綾部の古木名木百選

高倉神社の杉(綾部の古木名木百選の一つ、幹周5.65、樹高33メートル
高倉神社の杉:綾部の古木名木百選

綾部の文化財HP: 「天一さんのヒヤソ踊り」および「高倉神社由縁記など

東光院とその文化財(安場町)

東光院(とうこういん)はあやべ西国観音霊場第9番札所であり、その「アジサイ」で有名である。12日午後住職を訪ねると在宅、奥様が親切で、札所は安場にあり、その管理の寺総代さんに電話をして頂き、撮影に行く。東光院は綾部市上延町堂の奥にあり、高野山真言宗である。この寺のご本尊「薬師如来像」も撮影禁止、何故か撮影禁止の秘仏は高野山真言宗に多い。寺伝によると白鳳2年(673)に開かれた古刹で、七堂伽藍を備え、大島、延、岡、安場にかけて6坊を有していたと云う。十一面観世音菩薩様をお祀りする安場町の観音堂もその一つで、かっては「法鏡山 清音寺」と呼ばれていたが、安政5年(1858)に再建されたもので、藤原時代の作とされる素晴らしい「大日如来像」「弘法大師像」も撮影できた。又、この寺に綾部市指定の大般若心経(30巻)、経櫃懸子(1組)もある。延町の当会事務局総務の森本一郎宅前にも「観音堂」があり、素晴らしい観音様が覗き見れる。又、夏には百日紅の古木の花や春には古木の桜も楽しい。

東光院の山門
東光院の山門

山門に掲示の「当会の駒札」
東光院駒札

美しい境内(古木の百日紅、桜が期待できる。)
東光院境内

安場町のかって「清音寺と云われた十一面観音堂」
東光院11面観音堂

十一面観音菩薩像
素晴らしい大日如来像
東光院大日如来像

弘法大師像
東光院弘法大師像

HP綾部の文化財:「東光院の由来記など」

上林禅寺と文化財

6月10日(土)早朝、口上林の辻本顧問宅へ記念写真を届ける。上林まで来たので、綾部市仏教会会長の黒川泰信師のお寺へ、早朝だが出かけた。車がないので、不在と思ったが有名な枝垂桜の古木の様子でも見ておこうと、玄関へ行くと住職に出会った。何と幸運なことか、会報と名刺を渡し、かの有名な市指定文化財の「本堂の襖絵34の面の大部分と「弁財天像」、「聖観音像」等を撮影させて頂いた。この襖絵は江戸末期に京都の画家・吉田元陳が描いたもので、墨一色だが、唐獅子や花鳥図、寒山拾徳等に囲まれ、聖観世音菩薩様を拝むのは大変よい風情。小生、カメラのみ持参でお供えは何もなし、ただ「感謝の気持ちのみ」をお供えした。この寺は「上林禅寺(じょうりんぜんじ)」といい臨済宗南禅寺派で綾部市八津合町村中にある。当会の理事、石原俊治さんが地元の八津合町で「当会や文化財」に又鍋師理事のるんびに学園の件でよくご存知でした。この寺の古木の枝垂れ桜と上記の襖絵は有名です。

山門
上林禅寺 山門

美しい庭園(桜の時期は最高です。)
上林禅寺 庭園

弁財天
上林禅寺 弁財天

聖観世音菩薩
上林禅寺 聖観世音菩薩

市指定文化財「吉田元陳の襖絵34点のうちいくつかを掲載」
吉田元陳の襖絵1

竹林七賢人
竹林七賢人

吉田元陳の襖絵3

吉田元陳の襖絵4

国指定史跡・重文「聖塚と菖蒲塚」古墳

6月8日(火)綾部市の吉美地区、綾部市多田町にある「聖塚と菖蒲塚」の大小の古墳は古墳時代中期のもので、菖蒲は漸く咲き始めました。菖蒲は「聖塚」の方に咲いています。「聖塚」は1辺54.2メートル、3段築成の方墳、菖蒲塚は1辺32.3メートル、2段築成の方墳である。両古墳とも段築,葺石、埴輪、周濠をもち、古墳時代中期の大型
前方後円墳と同じ築造手法をとっており、綾部地域隋一の有力古墳である。両古墳の埴輪の形式から古墳時代中期の5世紀前半と考えられている。平成4年5月6日国指定史跡・重要文化財である.
(注)菖蒲が咲くのは聖塚の方です。

聖塚古墳
聖塚古墳

聖塚案内板(市作成)
聖塚案内板(市作成)

菖蒲塚古墳(左手後方の工場群は綾部工業団地と山は「城山」
菖蒲塚古墳

菖蒲塚案内板(市作成)
菖蒲塚案内板

HP綾部の文化財:聖塚・菖蒲塚


正暦寺とその文化財(寺町)

6月4日(日)午後、「高野山真言宗・あやべ西国観音霊場第1番札所で京都府指定名勝・正暦寺の庭園」の「さつき」がどう「枯山水の庭」に影響しているか見たくなり、正暦寺へ突然お邪魔した。幸いにも玉川正信住職ご夫妻が居られ、三男の弘信師は当会の理事でもあり、又、ご本人は綾部市文化財審議会の委員でもあり、大変快く文化財・仏像の説明や撮影にご協力いただいた。又、6月26日(月)ホテル綾部の町井社長の計画で、株主の内20名が会費1万円で小浜の国の重文「羽賀寺・玉川正信住職の長男・正隆師が住職」等を訪問する予定です。勿論小生申し込み済みです。札所の「聖観世音菩薩(秘仏)」様は33年に一度数時間のみ御開帳で見れませんが、住職の写真は素人離れで、素晴らしく、3年前に秘仏開帳時の写真(之も撮れない。)が見れる。他にも綾部市指定文化財の「木造千手観音立像」の文化財を撮影させてもらいました。感謝。

綾部唯一の「楽寿観音菩薩像」と綾部大橋
綾部唯一の「楽寿観音菩薩像」と綾部大橋

楽寿観音像の横の堂内の中には、九鬼公寄贈の籠があり、これは九代藩主隆都(たかひろ)が文政五年(1822)に藩主となり、その嫁が桑名十万石松平家から嫁入りされた時、使用された華麗なる籠です。籠の内部が素晴らしい。
九鬼公寄贈の籠

同じ堂内には九鬼藩主秘蔵の「念持仏の不動明王」様で参勤交代には必ず持参されたと云う。
不動明王」

綾部市指定文化財「木造千手観音立像」
綾部市指定文化財「木造千手観音立像」

日本の水墨画を完成させた「雪舟」から第17代目と云われる、「仲春洋」の「天橋立図」右側の春の桜とその下に正暦寺が描かれ、左手側に秋風と冬の梅の襖絵。
沖春洋のインドの「霊鷲山(りょうじゅせん」と天女の図
国の重要文化財「絹本著色仏涅槃図」は絵の管理上、奈良国立博物館に寄託ですが、素晴らしい写真がみれます。
正暦寺扁額
正暦寺変額

又、下図の江戸中期の「枯山水」は
特に秋にもみじが真っ赤に紅葉し、素晴らしいお庭となります。又、境内には綾部市の銘木10選に選ばれた「欅の大木」「百日紅」など年間を通じ、萩やつつじなどの花が咲きます。
正暦寺庭園

HP綾部の文化財:正暦寺文化財詳図と 正暦寺縁起および沿革

宝住禅寺と文化財(味方町)

6月2日夏の百日紅の大木の花を予定していた「あやべ西国観音霊場第3番、羅漢山・宝住禅寺」に多くの「さつき参道」が有ったのを思い出し、突然訪問した。御住職の河野義方(こうのぎほう)師は当会の会員で幸いにも在宅、早速お願いし、気安く案内・撮影させて頂き、感謝一杯。気持ちだけながら、2ヶ所の仏像に賽銭を供える。
 さつきの参道も大変素晴らしいが、今年は特に「睡蓮」が少ないのでここの「可憐なる睡蓮」を主題としたが、今後はハス、百日紅の大木の花、そしてもみじの紅葉が期待できます。又、この寺の山号の通り18羅漢の石像が有名で、事前に予約をしておけば、「精進料理」の接待も受けることが出来ます。住所は綾部市味方町井上寺48番地で電話:0773−42−1139で、京都からだと国道27号線で綾部大橋手前の右側にあります。舞鶴若狭道だと、安国寺ICで下り、27号線を引き返すと5〜6分位で綾部大橋を右手に、すぐ左側です。

恵心(えしん)僧都作と伝えられる「聖観音堂
宝住禅寺 聖観音堂

同じく「聖観音菩薩」様
宝住禅寺 聖観音像

同じく恵心僧都作と伝えられる「薬師堂
宝住禅寺 薬師堂

市指定文化財で平安末期に作られた檜の一木彫の等身大の「薬師如来坐像」、像高90.8センチメートル
宝住禅寺 薬師如来坐像

私の好きな羅漢像の一つ
宝住禅寺 羅漢像

もっと好きな「お賽銭だるま」お賽銭をお口の中へ投げ込みハイ合掌!!
宝住禅寺 お賽銭達磨

普門院とその文化財(鍛冶屋町)

慈雲山 普門院(ふもんいん)は高野山真言宗で綾部西国観音霊場第16番札所です。
所在地は綾部市鍛冶屋町定国3番地(昔、かじやさんが多くあったとのことです。)で4回お邪魔していますが、ご住職多忙のため、まだ会えていませんが、ご本尊は「十一面観世音菩薩(秘仏)」様で素晴らしいと聞いていますが秘仏で撮影不可、「大日如来像」を入力予定です。後日ご住職とお会い次第です。又、今、マーガレット・さつきが咲き誇っています。寺から眺める景色も又格別です.
この寺は正式には「慈雲山瑞泉寺普門院」といい、縁記は奈良時代初期に「行基(ぎようぎ)菩薩」が大日如来を祀って三坂峠の麓に建立した大日寺に始まります。近隣六反の長流寺、この地定国を寺域とした瑞泉寺とともに盛衰を繰り返し、天和3年(1683)にこの三ヶ寺が合寺し、今日に至っている。普門とは広く普遍に開かれた門の意味であり、どのような人をも救う観音様の深い慈悲心の現われで、普門院は正に観音様をお祀りする寺に相応しい名前です。

十一面観音堂
普門院

鐘楼
普門院 鐘楼

美しい境内
普門院 境内

石の観音像が1番〜33番まであります。
普門院 石観音像

お大師様から見る景色は最高ですが、写真は上手くとれていない。
普門院 お大師像

もりあお蛙」の泡の巣、5月末池に「おたまじゃくし」が一つ落ち込みました。その後、続いて落ちます。
もりあおがえるの泡

如来堂内の素晴らしい「大日如来像
普門院 大日如来像

十一面観音堂内の「前立観音像
普門院 前立観音像

十一面観音堂内の弘法大師・不動明王像
普門院 弘法大師・不動明王像

天王寺とその境内等(小畑町)

白佛山 天王寺(てんのうじ)は高野山真言宗で、綾部西国観音霊場第17番札所です。
所在地は綾部市小畑町松原116番地にあり、お堂の格子ガラス越しに見えるご本尊「聖観世音菩薩」様は素晴らしく、又、ガラス窓越には、フラッシュに反射し撮影が出来ません。ご住職が今日、不在でしたので留守の方に撮影の許可を頂ける様「会報・日誌・名刺」を渡し依頼してありますので撮影できたら、この素晴らしいご本尊を「日誌」おうにに入力しま。
この寺は「行基(ぎょううぎ菩薩)」の開創と云われる古寺ですが、ご本尊の毘沙門天は北を守る護法神で、天王寺は丹波国の北方鎮守の役をもち、創建されたもので、かっては七堂伽藍を誇り、九十九体の仏像がお祀りされていたと云う。
 山号の白佛とは九十九歳を白寿というように99体の仏を指したものです。霊場ご本尊の聖観音像は九十九尊のうちの1体で、搭頭(たっちゅう)の観音院のご本尊であったと云ァう。残念ながら当時の像は兵火で焼失し、延宝年中(1673頃)大槻嘉右衛門氏が眼病の快癒した報謝のために再現・奉納したものです。

延命の霊水が湧き出る。さつきとのコントラスト素晴らしい。
天王寺境内

第17番札所「聖観音堂」格子とガラス越にみえますが、写真は撮れません。(撮影禁止)
天王寺 聖観音堂

弘法大師様像
天王寺 弘法大師像

延命地蔵菩薩様像(旧地蔵院の秘蔵の版木から再現されたご本尊で、毎年8月23日夜には、この地蔵尊前で盛大な「柴燈(さいとう)大護摩供養」が修される。
天王寺 延命地蔵菩薩様像

天王寺の参道
天王寺 参道

君尾山・光明寺の文化財

5月29日(月)上林の姉を所要で迎えに行く事になっていたが、早く目が覚めたので久し振りに「綾部観音霊場第33番・君尾山 光明寺(真言宗醍醐派)は京都府北部で唯一の国宝の威容を誇る建造物「二王門」を持つ。」に参拝撮影行って来ました。その歴史は深く聖徳太子の勅願で推古七年(599年)に建立された。その後、修験道の祖である「役の行者(えんのぎょうじゃ)」弘法大師の孫弟子にあたる聖宝理源大師らが、この地で修行し、光明寺は修験道の一大道場とし栄え、山上、山下に72坊を有する巨刹であったという。
 この寺は檀家が無く、今の住職・楳林誠雄師(ばいりんせいゆう)ご夫婦は大変なご苦労です。冬は積雪のため山下で下宿生活です。
 本堂の「千手観世音菩薩」様は秘仏で33年に一日のみご開帳です。(写真不可)今、本堂の裏山の「栃の木」は真っ白な花を咲き誇っていますが、国宝・二王門に向かって左手側の「栃の木」が三分咲きで、間もなく真っ白な花が咲きます。

国宝・二王門「仁治3年(1242年12月着工)建長5年(1253年5月竣工)の墨書あり
君尾山・光明寺 国宝:二王門

府指定・光明寺本堂「江戸末期天保7年(1836)に再建,同11年堂供養)」
光明寺 本堂

市指定・宝篋印塔「無名であるが南北朝時代のものである。」
光明寺 宝篋印塔

ししうど(野生のウド、猪が好むところから通称ししウドと呼ぶ。)
ししうど

光明寺からの展望:頭巾山(綾部最高峰871メートル)方面
光明寺展望 頭巾山方面

光明寺からの展望(弥仙山664メートル)方面
光明寺展望 弥仙山方面


日本最古の観音霊場、西国三十三観音霊場の開創は「中山寺縁起」によると八世紀初め頃ですが、実際は十世紀末、花山法皇の出家巡礼を契機に巡礼道が整備されたようです。室町時代以降、今生の罪と穢れを巡礼で消滅させようとする人々の願いによって、西国・坂東・秩父が百観音霊場として結ばれるのもこの頃からです。綾部地方でも時代を同じくして民間の札所巡りが盛んになり、西国三十三ヶ所にならい、前身である「何鹿郡(いかるがぐん)33ヶ寺が設定され、現在は綾部西国観音霊場33ヶ寺と番外6ヶ寺で春、秋年2回、A,B,C,の3コースで一日で13寺をバスで巡礼しています。因みに第一番は綾部市内の「正暦寺」そして最後の33番札所は国宝二王門を持つ「光明寺」となっています。(注)一部あやべ西国観音霊場1999(H1)年発行から抜粋。

薬膳料理と内庭

5月29日(月)姉の所要で乗用車で「KANPOU & 悠々」(赤尾漢方薬局)本町2丁目へ案内。店が大変優雅になっておりビックリ仰天、店の「坪庭」と云うより,素晴らしい「内庭」があり、漢方薬の相談から「漢方茶」の喫茶店・「薬膳料理」を愉しみながら、この素晴らしい庭が見れる。すぐ、家に帰り家内と相談し、@2,500円(税込み)を予約し3人で食べに行く、勿論、喫茶のみもOKで、極め付きは最後の漢方のお茶、小生は「漢方チャイ」ライチ、ケイカの香りに満ちたお茶は大変よかった、別途お茶のみは@550円のみの諭旨。姉と家内は「抹茶オレ」これも抹茶の苦味と豆乳で大変まろやかな味。これも@550円のみで可。
先ず「綾部の文化財」としての江戸末期のものと想定できる「内庭」
KANPOU & 悠々 内庭

庭を愉しめる和室(5〜7名位が限度と思う)
KANPOU & 悠々 和室

庭を楽しみながら喫茶と食事
KANPOU & 悠々 喫茶、食事

親切な漢方薬の相談
漢方薬の相談

隋岸寺の聖観世音菩薩(和木町)

日応山 隋岸寺(ずいがんじ臨済宗東福寺派)は綾部市和木町樋の口26番地にあり、あやべ西国観音霊場めぐりの番外4番札所です。無住職ですが寺総代様達が立派に管理されておられます。
 今はシラン(紫欄)が咲誇っています。神仏混合時代の名残でお隣は日吉神社で珍しいスダジイの古木で有名です。
札所のご本尊は聖観世音菩薩様です。
隋岸寺の聖観世音菩薩

この寺への車参道は「桜」と「さつき」に覆われ約1キロメートル以上続きます。さつきが、そろそろ咲き始めました。
隋岸寺 車参道

お隣の日吉神社は古木で有名で、綾部有数の銘木「スダジイ」を入力しますが、次に樹齢約400年の大杉、樹齢250年をこえるサカキも有名です。
日吉神社 銘木「スダジイ」

日吉神社

極楽寺あやべ西国霊場19番(白道路町)

極楽寺(臨済宗東福寺派)は綾部市白道路(はそうじ)町鎌倉田にあり、あやべ西国霊場めぐり第19番札所です。前住職ご夫婦は隠居され亀岡在住で、若き独身の伊藤裕康住職が100件の檀家で頑張っておられます。美男子ですし、早く大黒様(奥様)を迎へて頂くよう祈っています。この寺は有名な大賀ハスも夏には千年の眠りをさまして咲誇ります。関西花の寺25ヶ寺に匹敵する花木が多数あります。今は、野村つつじの見事な庭園を掲載しますが、もう少しで睡蓮が咲き始め、大賀ハス、そして素晴らしい紅葉となります。
札所ご本尊は如意輪観世音菩薩様です。
極楽寺 如意輪観世音菩薩

見事な庭園の一部
極楽寺 庭園

綾部商工会議所55周年「国宝・瑞龍寺と世界文化遺産白川郷・五箇山に参加して

平成18年5月21日(日)〜22日(月)綾部商工会議所記念事業「吉美街道踏切等拡幅整備同盟」の企画の豪華なサロンカー「ゆうゆうサロン岡山」に参加した。目的は2つ、富山県唯一の国宝・三代加賀藩主前田利常(初代利家のすえっこ息子が兄、利長の養子となり三代目になった。20年の歳月をかけて建立)の瑞龍寺(ずいりゅうじ平成9年2月国宝に指定)の総門と国宝の山門、仏殿、法堂が一直線上に建立された江戸時代の禅宗様式の建造で,仏殿は珍しい鉛瓦の屋根である。それら七堂伽藍を300メートルの廻廊が結ぶ様は正に国宝である。富山県の国宝はこの寺のみである。又、日本三大大仏、奈良、鎌倉の大仏は国宝、三つ目のこの高岡市の大仏であるが重文である。
瑞龍寺

世界文化遺産登録・岐阜県の「白川郷と五箇山」後ろの雪に覆われた山は、「野谷荘司」山と云う、まるで人の名前のようですね。
白川卿と五箇山

世界文化遺産登録「白川郷」の萱葺きの県重文指定の「明禅寺」山門
明禅寺山門

岐阜県指定重要文化財の一つ,旧寺であって現在集会場の見事な欄間
集会場の欄間

慈音寺の聖観世音菩薩(上延町)

綾部西国観音霊場第10番慈音寺(じおんじ)の聖観世音菩薩」曹洞宗で綾部市上延町新庄15番地。突然の訪問にもかかわらず住職さんいわく「うちのさつきは6月だよ!!!聖観世音菩薩も撮影していいよ!!」綾部史談会での話を聞いて「光明寺の住職の楳林誠雄(ばいりんせいゆう)師元気かい?」「小生の古文書の先生で大変元気です。」等の会話もあった。
慈音寺の聖観世音菩薩

住職の好きな絵画等
慈音寺 絵画など

素晴らしい庭園と外回り
慈音寺 庭園

慈音寺 参道

慈眼寺の聖観世音菩薩

慈眼寺(じげんじ)は臨済宗妙心寺派で綾部西国観音霊場第24番聖観世音菩薩が素晴らしい。5月14日(日)朝8時に突然お邪魔し撮影をお願いしました。快諾して頂き感謝いっぱい。
慈眼寺の聖観世音菩薩

参道の野村つつじとアーチの朱の門のコントラストが美しい。
慈眼寺石段

大本山妙心寺から購入された「龍の絵」など
龍の絵画

梅巌寺と文化財(下八田町)

5月11日雨上がりの午後突然、梅巌寺(臨済宗妙心寺派・綾部観音霊場第6番)を訪れた。頬かむりで庭木を剪定されている職人さんが、20年前父母の葬儀等で大変お世話になった住職の「岩佐寛海師」であった。
山家藩主谷家が大変に帰依し、お抱え絵師の山家素后(そごう)に描かせた貴重な禅画襖絵四幅、ご本尊十一面観音室町庭園等撮影させたもらった。夏には百日紅の巨木、秋にはもみじの巨木が期待できます。花木の好きなこの住職の裏山は花木で一杯です。
山家素后の襖絵
梅巌寺 山鹿素后の襖絵

梅巌寺のご本尊「十一面観音菩薩像
梅巌寺の十一面観音像

梅巌寺室町庭園です。
梅巌寺の室町庭園

梅巌寺で咲き誇るつつじ
梅巌寺 咲き誇るつつじ

十一面観音堂
梅巌寺 十一面観音堂

梅巌寺(ばいがんじ・綾部市下八田町)は綾部西国観音霊場第6番でつつじが満開。バックは吉美の城山(城山)もあり梅巌寺。景色もよく、弁当もって孫と行くのもよいですね。
梅巌寺境内展望

満福寺参詣道のつつじ(西坂町)

満福寺(西坂町)(綾部西国観音霊場第20番札所)十一面千手眼観世音菩薩・高野山真言宗。
満福寺参詣道のつつじ

弘法大師様の出迎えを受けてお参りします。
満福寺参詣道の弘法大師

藤波神社の白藤:志賀の七不思議

志賀の七不思議の一つ、西方町の藤波神社の白藤
志賀の七不思議その縁起
 今からおよそ1400年前の崇峻天皇の頃、大和朝廷は国の中心勢力を固めるため、金丸親王を遣わし、丹波の国々の地方豪族を征伐することになりました。すさまじい戦いに悪戦苦闘の末、ようやく丹波の国々を平定した金丸親王はおおいに喜び、これ一重に神仏のおかげによるものと、丹波の国々に七仏薬師如来を納め、国家の安泰を祈りました。
 また志賀の里の「藤波」「金宮」「若宮」「諏訪」「向田:後の篠田」の五つの社を厚く信仰されたということです。
親王の子孫、金里宰相は、この五社の大明神に千日参りをされ、これを記念して藤波大明神には「藤」金宮大明神には「茗荷」若宮大明神には「萩」諏訪大明神には「柿」向田大明神には「竹」をお手植えされ、国家の安泰と子孫の繁栄を祈願され、このことを大和朝廷に報告されました。
藤波神社大鳥居

この時以来、この志賀の里にいろいろ不思議な奇瑞があらわれるようになったということです。
 なお、この五社のほかに、向田の「しずく松」「ゆるぎ松」にも同時に不思議な霊験があらわれ、これらをあわせ「志賀の七不思議」として今に語りつがれています。
藤波神社境内

極楽寺木造阿弥陀如来立像(白道路町)

極楽寺(白道路町)の市指定:木造阿弥陀如来立像
5月4日極楽寺の隠居の住職さんと奥さんに出会えましたので首記の写真撮らせてもらいました。
極楽寺木造阿弥陀如来立像

お寺の横を上がると極楽寺の見事な藤棚野村つつじがある。
極楽寺境内野村つつじ

藤棚は大賀ハス田の丁度上部に位置している。
極楽寺境内藤棚

君尾山光明寺「大般若心経法要」(睦寄町)

残雪残る国宝・二王門を持つ真言宗の君尾山光明寺では、例年4月18日11時から「大般若心経法要」が行われる。光明寺本堂で住職の楳林誠雄師が、最初の1巻と最後の600巻を読み、残りの598巻は市内の僧侶たちが展読する。
君尾山光明寺石段

楳林住職の話では、古来から行われてきており平安時代からかなと言われている。
君尾山光明寺「大般若心経法要」

高津八幡宮春季大祭(高津町)

4月2日(日)高津八幡宮春季大祭
08;30 大槻正明宮司様を先頭に禰宜さん達一行10数名、先ず、初代綾部藩主九鬼隆李寄贈の手水舎で手を清め神社の修抜所で一同拝礼、そして本殿内部の礼拝所で祈願。
高津八幡宮春季大祭

09;40から子供神輿が出発ですが、大槻正明宮司、今修業中の塩見さん(白い服装、でなんと小生の長男がホテル綾部で結婚したさい、綾部高等学校のカルテットのバンド演奏してくれ彼女達のひとりでした。)そして、神社総代さんで、バックに「子供神輿」一行が高津中を練り歩きます。
高津八幡宮春季大祭2

高津八幡宮の詳細はここをクリック願います

足利尊氏公生誕700年祭・武者行列(安国寺町)

足利尊氏公生誕700年祭・武者行列

足利尊氏公生誕、産湯の井」、ここで産湯を使った。カメラを構えて待機したが、止まることもせず、何の所作もなく通り過ぎた。おいおいどうなってるんだっ!
俗物根性:なべちゃんの空想(笑い)
尊氏:「おかあさん、僕を生んでくれてありがとう」
清子:「おうおう、こんなに大きく立派になって」
ふたり抱き合う。
尊氏:「僕、足利将軍なんだ、弟の直義、妻の登子・・もいるよ」
一同:「産湯の井さん、ありがとう」
産湯の井に向かって一同合掌。
足利尊氏公生誕700年祭・安国寺山門

HP:あやべの文化財」の表紙、巻頭写真を撮りに行ったが、京都府指定文化財の「安国寺山門」をバックにやっと一枚をゲット。当初予定した「安国寺仏殿」は、撮れなかった。詳細はHPを参照ください

福田神社秋の大祭(大島町)

福田神社秋の大祭

好天気の日曜日、「福田神社」鳥居前を元気な地元若者に担がれた神輿が出発した。子供の旗行列、子供の曳く子供太鼓、子供神輿などの行列が先に立った。丘の段など広大な町内を一周した後、岡町の「木祖殿神社」の神輿一行と前後して岡町を巡行。
福田神社秋の御輿

最後に甲ケ嶽登山口に当たる馬場にて両者が合同し、大島基宮司の祠祭で五穀豊穣、家内安全などのお祓いを受けた。
福田神社秋祭り1〜12

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Author:綾部の文化財
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