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綾部の文化財

諏訪神社祭り(物部町)

8時前に諏訪神社に着くと祭列出発の準備が整えられていた。南田物部地区連合自治会長さまから「物部城上原氏について」の資料をいただく。考証として片山家文書が引用されており、綾部史談会の片山会員がご研究なので差し上げることを南田会長に了解していただいた。先に掲載した「諏訪神社」の更に詳しい資料もいただいたので、これらはHPに掲載する予定
御旅所まで列を揃え、鉦・笛・太鼓を鳴らして巡行
8時に諏訪神社を出発、宵宮で宮遷した下市の御旅所まで列を揃え、鉦・笛・太鼓を鳴らして巡行
中鳥毛、大鳥毛を回して演技し交替に受け渡していく
9時に練込祭列が下市御旅所から出発。中鳥毛、大鳥毛を回して演技し交替に受け渡していく。試しに持ち上げてみたが凄く重い!
先導を務める子供太鼓
先導を務める子供太鼓。途中の休憩所ごとに太鼓を据え大人の太鼓も交え、祭り気分を盛り上げる
屋台の後に続く囃子方
屋台の後に続く囃子方。締め太鼓、鉦、笛の囃子を演奏
立て道具(挟箱、立傘台傘、大鳥毛、中鳥毛)屋台の巡行
立て道具(挟箱、立傘台傘、大鳥毛、中鳥毛)屋台の巡行
犀川にかかる橋を渡る屋台
犀川にかかる橋を渡る屋台(下り坂)

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綾部の文化財

式内社「阿須々伎神社」と文化財

京都府綾部市(何鹿郡いかるがぐん)金河内町東谷1に式内社の京都府登録文化財の「阿須々岐神社」がある。中央に本殿各1棟、右に摂社の「大川神社」之も京都府登録文化財であり、左に各末社が配置されている。現在の本殿は享保6年(1721)に再建された建物で八尺余の間口がある。全体の構成には古い形式を残しているが比較的新しい形で西方町と坊河内村(ぼうこうちむら)の大工の名が刻まれている。安土桃山時代にも見える墓股・木鼻・大瓶束(たいへいつか)・虹梁(虹のように中央に反り上げた梁)の上うえにたつ瓶の形をした束)の繰形や渦絵様(虹梁や木鼻の装飾模様)など綾部市の神社では少し下がる構成である。建立後の文化2年(1805)に本殿の屋根葺替と向拝部の修理を行ったことが棟札かり判明している。欄間の龍の彫刻もこのとき着けられたようだ。平成18年10月1日(日)が秋の祭礼であったが、4年に1度の「府登録祭礼芸能」は男の子4名が練習できず中止。朝7時45分からの「百射の神事」は実行された諭旨。
こう4年後の奉納行列練り込み、百射の神事、振者棒・刀・薙刀・花の踊等。
冬の茗荷祭り等は下記をクリックしてください。
http://www.ayabun.net/bunkazai/annai/asusuki/asusuki.htm
http://www.ayabun.net/bunkazai/annai/asusuki/myoga.htm
4月上旬桜の名所・桜参道
4月上旬桜の名所・桜参道
大灯篭
大灯篭
阿須々岐神社環境保全区
京都府決定「阿須々岐神社」環境保全区
阿須々岐神社本殿
京都府登録「阿須々岐神社本殿1棟」
阿須々伎神社摂社「大川神社本殿2棟」
京都府登録(阿須々伎神社摂社「大川神社本殿2棟」)

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綾部の文化財

諏訪神社(物部町)の由来

物部城址 上原氏の居城
源の頼朝は平氏を滅ぼすや国々に守護地頭を任じて幕府の支配下に置いたが、建久四年(1193)物部郷の地頭として頼朝の家来信濃諏訪神党の上原成政(上原氏由緒書では右エ門丞景正)が来て、初め高屋山に城を築いたが後にここに築城し、鎌倉時代以来の在地豪族として、戦国時代丹波の守護代となって威を振るった。
元亀二年(1571)上原右エ門小輔の時、氷上郡黒井の城主、赤井直政に攻められて落城した。城山の南麓の諏訪神社は上原氏が故郷諏訪から勧請した氏神である。
諏訪神社
物部 諏訪神社
稲荷神社、天満宮社、厄善神社
諏訪神社境内には、稲荷神社、天満宮社、厄善神社がならぶ
正慶山・常福寺
諏訪神社前右には正慶山・常福寺がある、向かいは物部小学校
清正公大神神社
清正公大神神社が寺の右にある。写真を撮っているとお寺からご夫人が出てこられたので何のお宮さんか訪ねると加藤清正を祀ってあるとのこと。なお昨日、新田会員から文化財会報を貰ったと云われた。

なお物部地区西坂町にはもう一つ諏訪神社がある。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/156.html
2006/6/24「延喜式内社・高蔵神社と諏訪神社」 綾部の文化財
諏訪神社由緒縁起
 京都府綾部市(物部地区)西坂町にあるこの「諏訪神社」は源頼朝の命で建久4年(1193)に信州上田城主の上原右ェ門丞景正が丹波の国何鹿郡(いかるがぐん)の地頭職に任ぜられ、物部町高尾に城郭を築き、信州一ノ宮・諏訪明神の分霊を祀ってこの「諏訪神社」を建立。何鹿郡では「地頭職」の名前はこの上原氏のみ判明している。御祭神は「建御名富神と姫神八坂刀売神」であり、境内社は稲荷神社もあり、十月十七日の秋祭りには「高蔵神社の神輿」が立ち寄り、宮司、自治会長等が参拝する。
上記の物部の諏訪神社と殆ど同じ内容である。

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綾部の文化財

小畑のやっこさん 取材予告

綾部市観光協会編纂の冊子「ふるさと・あやべの・おまつり」に里部で最大の祭りと聞く「小畑のやっこさん」が載っていない。四方事務局長に調査を依頼したところ15日正午頃に旧小畑村小学校付近で小畑の三社から出た行列による祭礼披露があると判明した。当日は「於与岐八幡宮秋季大祭」取材に四方事務局長、「諏訪神社祭」に私が午前8時に南田連合自治会長に出会い取材、正午にこの「小畑のやっこさん」取材に廻る予定である。
一宮神社
一宮神社(鍛冶屋町八塚ケ谷付近)
様子を聞きに元豊里西小学校の「里山ネット」に行き、職員の塩見直紀氏に場所、様子を伺い地図をいただいた。小畑村小学校は豊里西小のことでなかろうかと云うことであった。
二宮神社
二宮神社(鍛冶屋町宮谷付近)
三宮神社
三宮神社(小西町)
この三神社から繰り出した御輿など行列が会して「やっこふり」を披露する模様である詳しい資料の提供を四方事務局長など知人に依頼している。

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綾部の文化財

諏訪神社祭り予告

新田常任幹事より10月15日午前に行われる諏訪神社祭(物部町)の資料を頂きましたので取材の下見に行ってきました。現地では久木康弘さんから練込みのコ-ス、時間などの説明をいただきました。
諏訪神社
例祭日:今年は10月14~15日
宵宮:10月14日夕刻、社頭で宵宮の祭典を執行、終わって宮川町のお旅所まで宮遷しを奉仕、お旅所祭りを執行後本宮発興地点まで巡行
本祭:15日の本祭当日は、早朝本社で宮司が例祭の式典を執行後、祭列組供奉の人達が練込みの発興地点まで行列する。この行列の囃しが「川渡り」という軽快な囃しである。屋台は前夜のうちにここに運ばれ、お旅所として鎮座されている。いよいよ練込み開始の柝が打たれると、先ず傘鉾が先頭を行き、次いで剣鉾、秋葉神社御旗、古槍と続いて立道具となる。これは江戸時代の参勤交代の様を模したもので、先ず挟箱が二人、次に立傘、台傘、大鳥毛、中鳥毛と続き、奴姿の若衆が「エッエッ」と毛槍を振り回しながら進み、最後は屋台である。提灯、見送りに飾られた屋台の後は囃子方で締め太鼓、鉦4人笛8~10人が続く。曲は京都祇園祭の囃子を模したもので、幽雅な曲が屋台の止まる要所毎に奏される又この曲とは別に軽快なリズムの「しぐるま」という曲があり、これは余興的に途中休憩場所等で囃される。こうして練込みは三時間程を要して下市の町を練り、諏訪神社へ還幸されてお神楽は終わる。午後は獅子舞が氏子の各戸を廻る。(物部村誌より)

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綾部の文化財

式内社・島萬神社と文化財

京都府綾部市中筋町岩ヶ下13番地には何鹿郡(いかるがぐん・現綾部市)西八田地区の古社である式内社(明治9年では何鹿郡で12社のみ)の「島萬神社(しままじんじゃ)」がる。秋の大祭は10月の第2日曜日で即ち、平成18年度は10月8日(日)であります。小生、同じく式内社「高倉神社」の氏子で今年は神輿を担がねばなりませんので今回は昨年の写真を入力します。祭日の日がダブりますので、島萬神社の宮司さん渋谷計二さん曰く、高倉神社の祭りは見たことが無いに諭旨。午前に島萬神社の「府登録無形民俗文化財の太刀振・太鼓踊」を見て、最後の「餅まき」を見ずに高倉神社のお旅所の吉美地区里町「里宮神社」へ昼前に行くと、同じく「綾部市指定無形民俗文化財のヒヤソ踊」と帰りの行列が見れますが余り欲張らず又来年に高倉神社の祭礼を見てください。どちらの祭礼も午前9時開始です。
 とりあえず下記をクリックして頂けると昨年の祭り及び平成16年鍋師ホームページ委員長の取られた写真等が詳詳しく見れます。
 http://www.ayabun.net/kaiho/simama/simama.html
 http://www.ayabun.net/bunkazai/annai/tenteko/tennteko.html
島萬神社神饌所
島萬神社神饌所(しんせんしょ)
島萬神社拝殿
島萬神社拝殿
太刀振練り込み
太刀振練り込み
太刀振・野太刀
太刀振・野太刀(真剣ですよ。)
太刀振・小長刀
太刀振・小長刀(これも真剣ですよ。)
太鼓踊(ほんの一部)
太鼓踊(ほんの一部)
太刀振と太鼓踊は同時に進行です
太刀振・大長刀(真剣)と後方は「太鼓踊」で同時に進行です。
平成17年参加者
平成17年参加者(囃子方は一部の方のみ)

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綾部の文化財

京都府登録民俗芸能・於与岐八幡宮祭礼

京都府綾部市(元、何鹿郡いかるがぐん)於与岐町田和28(舞鶴市に近い)には「京都府登録文化財・八幡宮本殿1棟」と同じく「府登録民俗芸能・於与岐(およぎ)八幡宮の祭礼芸能」が平成18年度は10月15日(日)午前9時30分から開催されます。又、この地域は府決定「八幡宮文化財保全地区」に指定されています。社伝によると、宇佐八幡宮(九州宮崎県)和銅3年(710年)から勧請され、天文19年(1505)大洪水以前は谷口の一ノ瀬に鎮座する八田郷(やたごう)の惣社であったとつたえています。又江戸時代から於与岐四ヶ村の惣社で宮座の伝統を残した神事芸能が今でも行なわれています。尚、すぐ近くに大本教開祖・出口なお様が修行され,又頂上から360度の素晴らしい風景が見れ、丹波富士とも云われる弥仙山(みせんさん)標高664メートルがあります。登りは修行された場所などゆっくり登って1時間,下り40分です。午前、お祭りを見て、午後、弥仙山を登られることを御薦めします。
 祭礼は平成17年10月小生が撮影のものです。フイルム切れ、今年も撮影に行きます。
 鍋師ホームページ委員長等のより詳しい案内はここをクリックして下さい。
拝殿前で行列出発準備
拝殿前で行列出発準備
祭礼行列は境内を廻ります
祭礼行列は境内を廻ります
祭礼行列は続きます
祭礼行列は続きます
天狗様の旗
天狗様の旗
獅子舞と三基の神輿
獅子舞と三基の神輿
天狗の鼻高の舞
天狗の鼻高の舞

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綾部の文化財

正暦寺とその文化財(2)

京都府綾部市寺町45番地には、室町時代から始まったと云われる「綾部西国観音霊場」33番と番外寺6ヶ寺の第一番「正歴寺」がある。国重文の「絹本着色仏涅槃図」は保存の関係上見れないが京都府指定「正歴寺庭園」及び綾部市指定「木造千手観音立像」は拝見できる。9月10日(日)は正歴寺の萩祭りで有ったが、そのときは3分咲きであった。今日16日(土)は満開であったので掲載することにした。白萩、白百日紅、コスモスもコントラストが面白い。
詳細は下記をクリック願います。そこから更にクリック国重文も見れます。
 http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/136.html
 http://www.ayabun.net/bunkazai/annai/syorekiji/syorekiji.htm
正歴寺の萩のトンネル
正歴寺の萩のトンネル
千手観音像堂前の萩
千手観音像堂前の萩
萩とコスモス
萩とコスモス
木造千手観音立像
綾部市指定文化財「木造千手観音立像」平安時代・約97.5cm
平安時代の当寺の扁額
平安時代の当寺の扁額

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綾部の文化財

式内社「須波伎部神社」

京都府綾部市物部町(ものべちょう)須波伎(すわぎ)に市内の12式内社の一つ「須波伎部神社(すわぎべじんじゃ)がある。祭神は天照大神(あまてらすおおみかみ)である。大正15年7月1日発行の「何鹿郡誌(いかるがぐんし、今の綾部市全域」には白黒であるが現代同様見事な神社の写真が掲載されている。尚、当時の扁額(へんがく)は故山階宮晃親王の御染筆と記している。平安京を誕生させた第50代桓武天皇の皇子の安殿(あこ)親王が第51代平城(へいぜい)天皇となりその大同2(807)年に須波伎山に建立されたと伝えている。三代実録貞観11年(869)12月8日の條に「授丹波国正六位上物部簣掃(かみものべすはぎ)神従五位下」とあり、位階を有する古大社である。おそらく、古代須波伎物部氏(すわぎもののべし)の氏神であったと思慮される。
須波伎部神社石の鳥居
須波伎部神社石の鳥居
長い素朴な参道
長い素朴な参道(桜、紅葉が良い)
式内社「須波伎部神社」正面
式内社「須波伎部神社」正面
横から撮った「神社」
横から撮った「神社」

冬の須波伎部神社とその彫刻はここをクリックください

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綾部の文化財

京都府指定文化財「篠田神社」

京都府綾部市(志賀郷地区)篠田町宮ノ下6-1には「京都府指定文化財の篠田神社」がある。志賀郷(しがさと)の七不思議の一つで、2月4日に「竹の子」を掘りその根の生え方で年の豊作吉凶を今でも占う祭りがある。冬の当日午前10時頃参拝すると、参拝者にはその年の竹で造った酒受けで無料で神酒が頂ける。この篠田神社は室町時代の永禄9年(1566)の再建の棟札があり,五間社流造で銅板葺きで丹波地方の室町時代の遺構としての神社形式は保守的であり、又、屋根葺材、小屋根材の一部、向拝部分、繋虹梁(けいこうよう)縁周りは一部分取り替え材となっているがよく当初材が残っている。五間社の神社は京都府に2つ残っているだけであり本殿の価値は高い。昭和62年4月15日京都府指定文化財とされた。
篠田神社正面鳥居
篠田神社正面鳥居
篠田神社正面
篠田神社正面
篠田神社本殿1棟
京都府指定文化財「篠田神社」本殿1棟
竹の子を掘る御ミノシベ
本殿裏の「竹の子」を掘る「御ミノシベ」

真冬の祭礼(たけのこまつり)は下記をクリックして見てください。
 http://www.ayabun.net/bunkazai/annai/sinoda/sinoda.html
 http://www.ayabun.net/bunkazai/annai/sinoda/takenoko.htm

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国重文・私市円山古墳

綾部市私市(きさいち)町円山8番地にある「国指定重要文化財・私市円山古墳」は近畿自動車道敦賀道の予定路であり、昭和62年(1987)の調査で標高94メートルの山頂で経塚が発見された。同63年(1988)に山頂部から中腹へかけて調査したところ巨大な円墳であることがわかった。この古墳は古墳時代中期(五世紀)のものと推定され、方墳では京都府下最大のものである。古墳は自然の山地を籠‘利用し、直径70メートル、高さ10メートルで、南東部に18メートル・長さ10メートルの造り出しを設け、墳丘の全面に葺石を置き、3段築成で2段にわたって約1,500個の埴輪を周らしている。埴輪は円筒埴輪が主で、造り出しには家型、盾形などの形象埴輪もあった。古墳頂部は13メートルの円形で、木管直葬で粘土を張った主体部が東方向に2基、南北方向に1基あった。東西方向の主体部分は同じ形式で足元の部分に甲胄類一式、鏡、鉄鏃、などがあり、棺中央から頭部にかけて玉類・鉄槍などがあった。又、変わったところでは、北部主体部からは矢をいれる胡籙(ころく)です。この甲胄類一式、鏡、鉄鏃や胡籙(ころく)は綾部資料館(入場無料、月曜日は休み)で見学出来ます。 福知山城の3階からこの古墳か真東に見えます。古墳時代の私市円山古墳は、現代人には想像を絶する巨大な、由良川の王の権力を示していたものと想像できます。是非この古墳から由良川を遠望してください。大型バスも数十台止めれる駐車場があります。
私市円山古墳の遠望
私市円山古墳の遠望
古墳正面
古墳正面
頂上の埋葬地(2)
頂上の東西2基の埋葬地(1)
頂上の東西2基の埋葬地(1)
頂上の埋葬地(2)
古墳頂上からの展望
古墳頂上からの展望(右手遠方に福知山城が見えます。)
私市円山古墳まつり等は、ここをクリックください。

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綾部の文化財

円照寺と文化財

綾部市(吉美地区)多田町後路55番地に臨済宗妙心寺派「南林山・円照寺(えんしょうじ)がある。綾部西国観音霊場第8番札所であり、薬師堂もある。何鹿郡(現綾部市では臨済宗妙心寺派の5兄弟寺1.長男は里町の仏南寺7番、2.寺町の隆興寺2番3、下八田町の梅巌寺6番、4、上八田町の慈眼寺24番、そしてこの円照寺である。現本堂は享和3年(1803)は覚応寺の徒弟の「周連」と云う僧が万人講により浄財を集め3年がかりで再建したと云う。山家藩覚応寺は旭町にあり、山家藩の菩提寺であり、この吉美地区、すなわち由良川の右岸は大体山家藩に所属し又この円照寺も覚応寺の末寺であったと云う。、この寺の二王像が海外流出の危機で「当会が発足」、この覚応寺の二王像は現在国立京都博物館に保存され、20~30年に一度展示される。詳細は下記を順次クリック願います。
南林山・円照寺
南林山・円照寺(なんりんざん・えんしょうじ)
聖観音堂
聖観音堂
真ん中に聖観音像
真ん中に聖観音像
聖観音様
聖観音様
左、地蔵菩薩様
左、地蔵菩薩様
薬師堂
左、薬師堂とバックは綾部のシンボル四尾山
詳しくはここをクリックして下さい

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綾部の文化財

八津合八幡宮と文化財

綾部市(何鹿郡いかるがぐん)八合町西屋64には、京都府指定文化財の「八津合八幡宮」がある。本殿は、文化12年(1815)江戸時代時の城主・藤掛(ふじかけ)永恵が再建した。一間社としは規模が大きく、特に丹波・丹後に多くの建築彫刻を残す、中井丈五郎の作である。京都御大工頭の一族として、当初兵庫県氷上郡に在住したと云う。京都御大工頭は近畿一円の大工頭として、今、なおその系統が、京都に在住しておられる。
 この神社の桜は見事で、秋の紅葉も趣があり、春にその彫刻に見事さを含め、見学をお勧めします。
八津合八幡宮文化財環境保全地区
京都府決定文化財平成3年4月19日「八幡宮文化財環境保全地区」
八津合八幡宮一の鳥居
京都府登録文化財平成3年4月19日「八幡宮一の鳥居」
見事な手水舎
見事な手水舎
八幡宮本殿一棟
京都府指定文化財平成3年4月19日「八幡宮本殿一棟」
綾部の古木・名木100選
綾部の古木・名木100選の一つ
より詳しくは、ここをクリックください。

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坂尾呂神社と文化財

綾部市睦寄町(奥上林地区)鳥垣25に「坂尾呂神社」がある。この神社は鳥垣、有安、山内、草壁の氏神であるが、その南方には神宮寺として何鹿郡(いかるがぐん)現綾部市唯一の天台宗寺門派の長楽寺があっと云う。神社の由緒には応永10年(1403)から始めて天正3年(1575)までに8回の法会が神社で有ったと記されている。現在の社殿は寛政11年(1799)に改築されたという。又、平成元年綾部市指定の「木造随身1対」は室尾谷神社に同じく、室町時代(康正3年=1457)のもので、作者も「林皎圓宗」と云う。
木造り一の鳥居
高く長い石段の参道途中に木造り一の鳥居
木造り二の鳥居
参道は一つ丘を越え、次の登りに木造り二の鳥居
石造り三の鳥居と拝殿
石造り三の鳥居と拝殿
見事な彫刻の拝殿
見事な彫刻の拝殿
拝殿横の駒札
拝殿横の駒札
「木造随身一対・阿形と吽形
平成元年綾部市指定文化財・彫刻「木造随身一対・阿形と吽形」(綾部資料館提供)「左の阿形70センチメートル、吽形72センチメートル」
詳しくはこちらのホームページをご覧ください

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綾部の文化財

室尾谷神社と文化財

綾部市五津合町(中上林地区)寺内109には「室尾谷神社」がある。うっそうとした森の中にあり、創立年代は明らかでないが社伝えでは、元は阿須技の地に祀られ大町町と畑川村の氏神であったというが、貞応元年(1222)頃、室尾谷神社と呼ばれるようになった。別添の「文化財日誌」には室町時代(応永32年=1425)作者:林皎圓宗の神像二像(綾部市指定と京都府指定)がある。
第1の木の大鳥居
第1の木の大鳥居
第2の石の鳥居
第2の石の鳥居
第3木の大鳥居と拝殿正面
第3木の大鳥居と拝殿正面
見事な拝殿を横から撮る
見事な拝殿を横から撮る
室尾谷神社全景
室尾谷神社全景
木造随身坐像
綾部市指定文化財「木造随身坐像」は昭和61年4月1日指定となり、随身とは主神を守護する。袍を着て巾子冠を着けている.(綾部資料館提供)
綾部市指定は左側。(阿形:座高38.6センチメートル)
 右側の「木造随身坐像」は昭和61年4月15日京都府指定で「吽形:
座高38.5センチメートル)
HP:室尾谷神社紹介

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河牟奈備神社と文化財

綾部市十倉名畑町(とくらなばたちょう)古気良10(口上林地区)には綾部市(何鹿郡いかるがぐん)には12の延喜式内社があり、その一つ「河牟奈備神社(かむなみじんじゃ、明治9年に指定)がある。口上林地区内の忠町(ただまち)、井根町と念道の一部が氏子である。「大宮一休大明神又は単に大宮」と呼ばれる場合もある。本殿は宝暦3年(1753)の建立の石碑が境内社「河上社」に明記されている。又、変わっているのは向かって右手の境内社「阿上社」に梵字で「妙法蓮華経安置所・永久二(1114)年八月十四日僧院暹記之と明記された石碑は綾部市最古の金石文である。」は神仏習合を表すよい例である。この神社の名前はいろいろ書かれていますが、今回は明治9年の「神社考証」からとりました。
河牟奈備神社
神社前景
河牟奈備神社駒札
綾部市観光協会と当会で作成した「駒札」
河牟奈備神社全景
神社全景
河牟奈備神社彫刻
見事な彫刻
阿上社と下の石碑
阿上社と下の石碑
綾部最古の金石文
阿上社下の綾部最古の金石文の石碑(綾部市指定文化財)
より詳しくは、下記をクリック願います。
http://www.ayabun.net/bunkazai/annai/kamunabi/kamunabi.htm

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