あやべの文化財日誌β版
綾部の文化財紹介 各地の文化財研修記など・・ 綾部の文化財を守る会事務局長:四方續夫氏の取材記を中心に
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延喜式内社・赤国神社祭礼の綾部市指定文化財「文の鳥」初公開
京都府綾部市「元何鹿郡(いあるがぐん)」豊里地区の館町(たちちょうには延喜式内社の赤国神社がある。社伝によれば丹国社(にのくにしゃ)と書いたが赤国社と書替えたという。綾部市(元何鹿郡)は古代丹波では「丹の国(にのくに)」と呼ばれていたのは確実である。はじめは稲葉山の尾根続きにある宮の段(段・だんとは高台のことを云う)に祀られていたと伝える。慶長5年(1600)兵火により類焼、什器記録を悉く消失。現本殿は様式上、元禄期(1688〜1704)以前の建立と思われる。神輿の頂部を飾る鳥には鳳凰が用いられるが、ここでは「文の鳥」と呼ばれ、銅板を曲げていくつか組み合わせて造られている。脚は鋳銅、他は打出鍍金、鋲打留(びょううちとどめ)で組み立てられており、技術的には稚拙で鄙(ひなび)た感じがする。背後の刻印から鎌倉時代、栗村荘の荘官・源光高が寄進したことがわかる。この「文の鳥」は鎌倉時代の作例として注目すべきものであり、遺例の少ない貴重なものである。なお、神輿の隅飾に用いる銅板打出造りの飛燕が一羽付属している。鎌倉時代の末頃に郷土の神社に神輿があったことは興味深いことであり、民衆生活や庶民信仰を知るてがかりになるものである。綾部市資料館「あやべ歴史のみち」よりの抜粋文。秋の大祭は例年10月7日に近い日曜日に催行される。今回の祭礼は平成19年のものから掲載した。
秋祭り・赤国神社から出発の行列・先頭は獅子頭、神輿がその後ろに見える
1.秋祭り・赤国神社から出発の行列・先頭は獅子頭、神輿がその後ろに見える
神輿が神社門から出発(文の鳥は鎌倉時代末期から室町時代・江戸時代とこの神輿の頂部を飾っていた)
2.神輿が神社門から出発(文の鳥は鎌倉時代末期から室町時代・江戸時代とこの神輿の頂部を飾っていた)
綾部市指定文化財「文の鳥」高さ19.7センチメートル
3.綾部市指定文化財「文の鳥」高さ19.7センチメートル(綾部市資料館写真提供
子供太鼓の皆さん、豊里中学校のブラスバンド部
4.秋祭り・集合する子供太鼓の皆さん、豊里中学校のブラスバンド部の皆さん
秋祭りの見事な山車
5.秋祭りの見事な山車
山車の裏の装飾と江戸時代の絵
6.山車の裏の装飾と江戸時代の絵(見事だが山車が巡航に耐えないので神社で展示)


テーマ:歴史大好き! - ジャンル:学問・文化・芸術

高倉宮以仁王を祀る延喜式内社・高倉神社の夏越の大祓式
京都府綾部市「元何鹿郡(いあるがぐん)」吉美地区(きみ)の高倉町には高倉宮以仁王(もちひとおう)と近臣大槻光頼、渡辺俊久等の十二士を祀る延喜式内社の高倉神社がある。毎年6月30日には「夏越(なごし)の大祓式」があり取材した。治承年間平清盛の横暴極まり、後白河法皇を幽閉し以って孝心深き第二皇子の高倉宮以仁王(もちひとおう)は源三位頼政に令旨を下し賜いて、決起したが、逸道の激戦に官軍利あらず、頼政は宇治の平等院にて自刃した。しかし、宮は南都へ御落延の途中光明寺下で流矢で薨去と偽り、首記家来の十二士とともに頼政の領地丹波路へ危難を避けたが、宮は不幸にして当地御着馬の頃から御矢傷次第に重く、治承四年(1180)六月九日吉美郷里村にて矢傷のため薨去された。翌養和元年(1181)九月九日神霊を奥谷の森今の高倉村(現在地)に奉遷し、高倉天一大明神と勧請した。降って天文年間には大火災で御神像以外は悉く鳥有にきしたが、延享三年(1746)に再建した。明治四十三年八月には本殿を拝殿に移築し、新たに本殿を再建した。この拝殿は平成14年に京都府指定文化財となった。
延喜式内社・高倉神社と文政十二年(1829)の銘を持つ一対の燈篭(左手前の燈篭)
1.延喜式内社・高倉神社と文政十二年(1829)の銘を持つ一対の燈篭(左手前の燈篭)
拝殿と本殿
2.京都府指定文化財の拝殿と本殿(指定ではないが美しい)
神社総代さま達による「茅輪(ちのわ)」作り
3.神社総代さま達による「茅輪(ちのわ)」作り 6月30日午前10時から
夏越の大祓式始まる
4.夏越の大祓式始まる(四方幸則宮司様から茅輪をくぐられる。午後4時から
ご来賓から順次「茅輪」をくぐる
5.ご来賓から順次「茅輪」をくぐる
順次拝殿で参拝
6.ご来賓から順次拝殿で参拝
明治末から大正初めに作られた「高倉神社のポストカード」
8.明治末から大正初めに作られた「高倉神社のポストカード」高倉神社提供
明治9年に描かれた高倉神社(京都府立総合資料館延喜式内並国史見在神社考証より)
9.明治9年に描かれた高倉神社(京都府立総合資料館延喜式内並国史見在神社考証より)
茅輪(ちのわ)の作り方
10.茅輪(ちのわ)の作り方

高倉神社や綾部市指定民俗文化財「ヒヤソ踊」は下記をクリックして見て下さい。
http://www.ayabun.net/bunkazai/annai/takakura/hiyaso.htm


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南北朝時代(1390)の見事な鰐口
京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」中上林地区(なかかんばやし)の睦合町に京都府指定文化財の南北朝時代(1390)の京都府指定文化財の鐘・鰐口(わにぐち)を持つ宝蔵禅寺(ほうぞうぜんじ)がある。奥上林地区の訪問から帰路途中であったので当会の村上高一会長と共に立ち寄り寺院の撮影をした。この指定文化財の鰐口は現在京都府立丹後郷土資料館に寄託中であるが写真を綾部資料館より提供頂いたのでここに掲載します。この鰐口は寺伝では元々付近の薬師堂に掛かっていたもので,堂が廃された時、他の什器と共に宝蔵寺へ移されたものである。鋳銅製で両面ととも同文で甲盛が強く、圏線によって三区に分かれ、中央には撞座を設けず素文であり、古様を示す。目、口唇は同寸出で、肩部に両面耳を鋳出す。表面外区に当初の刻銘、明徳元年四月十六日(1390、南北朝時代)、裏面外区に後刻印、承応四年(1655、江戸時代)を記している。比較的小型(面径26センチ、肩厚7.6センチ)だが撞座を設けない点など古様を示し、南北朝時代の鰐口としては注目すべきものである。綾部市資料館発行「あやべ歴史のみち」より抜粋。
宝蔵禅寺の寺門と本堂
1.宝蔵禅寺の寺門と本堂
鐘楼門
2.鐘楼門
境内その1
3.境内その1
4.境内その2.整備中の庭園
4.境内その2.整備中の庭園
京都府指定文化財の鰐口(面径26センチ、肩厚7.6センチ)表
5.京都府指定文化財の鰐口(面径26センチ、肩厚7.6センチ)表
写真:綾部資料館提供
同 上 裏面
6.同 上 裏面


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平安時代の見事な仏像五体を祀る下庄講中
京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」奥上林地区(おくかんばやしちく)の睦合町(むつあいちょう)には下庄講中(しもしょうこうちゅう)によりお堂に祀られてきた素晴らしい平安時代の仏像が五体ある。会報69号の掲載記事のため、当会・綾部の文化財を守る会々長村上高一先生と小生の二人で訪れた。お世話役の長野さんにアポイントを入れていたのですぐさま案内頂き撮影した。堂内には綾部市指定文化財の阿弥陀三尊とその前に二天の像が祀られている。阿弥陀如来はヒノキの一木造りで、これに両足部を矧寄、上品中印を結び、通肩であるのが特徴である。頭部は肉髺が高く盛り上がり、裸髪は大粒で、肩をいからせ胸腹部は厚く、大きく張った両足部には充実感があって平安時代の特徴をよく備えている。納衣の衣文は太く、両足部では深くくんだ足首に引き込まれている。像全体のいたみが甚だしく、後世の泥地彩色によって、像表面が厚く覆われているが、10世紀頃の作と考えられる。脇侍の観音菩薩と勢至菩薩も平安時代の後期の作と考えられるが,後世の補修が稚拙なため像がいたんでいるのはおしい。二天像は四天王の内、二天のみが造られたと思われる。像容に力感が溢れ,刀法も優れている。彩色は剥落しているが後補がないためかえって良さを残している。平安時代後期の作であろう。綾部資料館発行の「あやべ歴史のみち」より抜粋文。特別開扉の申し込みは!!お世話役:長野幸男氏(電話0773−55−0216)へ事前にアポイントを取って下さい。志納料は一グループ1,000円から。
綾部の文化財を守る会々長:村上高一氏とお世話役:長野幸男さん
1.綾部の文化財を守る会々長:村上高一氏とお世話役:長野幸男さん
お堂内
2.お堂内
真中:阿弥陀如来坐像、左:観音菩薩、左前:二天その1.右:勢至菩薩
3.真中:阿弥陀如来坐像、左:観音菩薩、左前:二天その1.右:勢至菩薩
阿弥陀如来坐像(像高58.1センチメートル)
4.阿弥陀如来坐像(像高58.1センチメートル)
観音菩薩立像(像高150.3センチメートル)
5.観音菩薩立像(像高150.3センチメートル)
勢至菩薩立像(像高152.2センチメートル)
6.勢至菩薩立像(像高152.2センチメートル)
二天その一(像高140.5センチメートル)
7.二天その一(像高140.5センチメートル)
同上 上半身のアップ
8.同上 上半身のアップ
二天その二(像高140.7センチメートル)
9.二天その二(像高140.7センチメートル)
同上 上半身のアップ
10.同上 上半身のアップ



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