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文化財研修記

平城遷都1300年祭を見る。その3.平城京跡その1

奈良の平城京は第43代元明天皇が和銅3年(AD710)に藤原京より遷都したことに始まる。同時期に興福寺がこの平城京に移った。霊亀2年(AD716)元興寺がこの地に移った。延暦3年(AD784)に第50代桓武天皇が長岡京に遷都し、更に延暦13年(AD794)に桓武天皇は平安京に遷都した。ということでこの平城京は実際は74年間の短い都であったが、大同4年(809)平城上皇がこの平城京に戻ってきているので80余年間が実質の都であった。平城京跡の見学は貸切バスも駐車場事前予約で払いの上、大混雑であった。この日と特に熱く麦わら帽子の田所会長が一番元気であった。次回は皆さんと一緒に平城宮を歩いて見て廻りましょう!

車窓から朱雀門を見る
1.バスの車窓から朱雀門を見る
平城京跡エントランス広場
2.平城京跡エントランス広場は大混雑
公式記念品販売所
3.公式記念品販売所
奈良のお土産販売所
4.大混雑の奈良のお土産販売所
大混雑のフードコート
5.大混雑のフードコート
総合案内所近辺
6.熱い熱いね!総合案内所近辺
ツアーガイドの岸田さんの案内
7.御所市在住のツアーガイドの岸田さんの案内が始まる!我々は白(玄武)のグループ23名です
長屋王邸宅跡を示す岸田さん
8.広大な平城京と平城宮のすぐそばにある長屋王邸宅跡を示す岸田さん
長屋王邸宅跡
9.長屋王邸宅跡「1980年代の後半、平城宮の南東隣接地の左京三条二坊一・二・七・八坪にあたる地域に「そごう」デパート(現在はイトーヨーカ堂)の建設に伴う発掘で1988年(昭和63年)4町(2万5千坪)の邸宅跡と10万点にもの木簡(もっかん)が発見され、その木簡には「長屋皇宮一石ーーー」「長屋親王宮鮑大贅十編」などで長屋王の邸宅と決定された。その木簡は各地にからの祖庸調の様子が克明に判明した。わが、綾部市の現高津町からも「鮎の干物」が送られた木簡も出てきた。長屋王は天武天皇の孫、高市(たけち)皇子の第一子であり、将来の天皇候補でもあったが、藤原一族の陰謀で謀反の罪に問われ自殺した。その墓は現在、生駒郡平群町(いこまぐんへぐりっちょう)にある。前方後円墳でその中に石碑が建てられている
平城宮イラストマップ
10.平城宮イラストマップ(次回は皆様と一緒に1時間30分歩いて見ましょう)


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