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文化財研修記

初夏の奈良の国宝・文化財を訪ねて!第9回石上神宮その2

奈良県桜井市には日本でも古い歴史を有する「石上神宮(いそんかみじんぐう)」がる。祭神の布都御魂神(ふつみたまかみ)は、神武天皇が大和に入った時、武甕雷神(たけみかづちのかみ)が帯びていた平国之剣(くにむけのつるぎ)であり、この地に祀られたものという。「日本書記」によれば、神武天皇が即位ののち物部氏の遠祖の宇摩志麻治命(うましまっじのみこと)にこの剣を与え、宮中に奉祀させた。宇摩志麻治命は父・饒速日命(にぎはやひのみこと)が降臨した際に天津御祖(あまつみおや)が賜った10種の神宝を天皇に献上し、御盾(みたて)を祀ったという。元の神宮は今の石上神宮の東方1.5キロの布留川上流の桃尾(もものお)の滝近くにあり、崇神天皇の時、この地を本拠地とした物部香色雄(もののべのいかがしこお)に命じて石上卿の高庭のこの地に移したという。この神宮には皇室・出雲国造「いずものくににのみやつこ、(又はいずもこくそうとも現在の出雲神社では読んでいる)」と同じく、世襲の忌火(いんび)職があり、江戸時代まで物部氏の本宗として、代々森家が務めた。現在の宮司様も森家の出身です。次回は天理大学付属「天理参考館」です。

1.七支刀(しちしとう)国宝で刀身の左右に3本ずつの枝が交互に出ている特異な鉄剣である。剣身両面に金象嵌(きんのぞうがん)の銘が刻まれている。この七支刀は銘文から百済王が東晋の泰和(太和)四(369)年に倭王に献上するために造ったもので「日本書記」神功皇后52年条にみえる百済から贈られた七支刀にあたると考える説もある(写真のみ掲載)
石上神宮にて

2.江戸時代の「竜吐水(りゅうどすい)」現在の消防ポンプです
石上神宮にて

3.国宝の拝殿から国の重要文化財の「楼門」を見ると随分遠に見える!
石上神宮にて

4.国宝の「石上神宮摂社出雲建雄神社拝殿」(いそのかみじんぐう、せっしゃ、いずもたけおじんじゃはいでん)天理市の杣之内町にあった内山永久寺(うちやまえいきゅうじ)の鎮守社の拝殿を,大正三(1914)年に移築したもの。正面五間のうち、中央の一間は分は土間とし、「馬道(めどう)」と呼ばれる通リ口としている。この形式は「割拝殿(わりはいでん)」と呼ばれこの建物は現存最古のものである
石上神宮にて

5.摂社「天神社」
石上神宮にて

6.末社「祓戸神社」
石上神宮にて

7.正面の上から見た国重文の「楼門」
石上神宮にて

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