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綾部の文化財

綾部の文化財ミニ・シアター7 綾部の文化財を守る会会長:村上高一氏「人々の努力が文化財を守る」

綾部市総合文化祭参加の「綾部の文化財ミニ・シアター」3日目11月4日(木)第7番目のイベントは10:30から、綾部の文化財を守る会会長:村上高一氏を講師に迎え行われた。
テーマは「人々の努力が文化財を守る

イベント開演に先立ち「くらしを彩り、人々のコミュニケーションを深め、地域の活性化を生み出す、文化財と人とのふれあい」をテーマにした2800枚を超える写真スライドから本講演関係の105枚の連写を行った。また奥上林小学校廃校舎で行われたイベント「風土祭り」の取材写真の連写も行った

綾部の文化財ミニ・シアター 村上高一氏
1.国重文・木造阿弥陀如来坐像を祀る医王寺

綾部の文化財ミニ・シアター 村上高一氏
医王寺と国重文・阿弥陀如来像 会長記事

綾部の文化財ミニ・シアター 村上高一氏
村上会長が用意された医王寺の木造阿弥陀如来の写真
あやべ歴史のみち 綾部市資料館より収録


綾部の文化財ミニ・シアター 村上高一氏
2.上林谷の文化財を尋ねて研修会終了

綾部の文化財ミニ・シアター 村上高一氏
睦寄町下庄講中の仏像について1 会長記事

綾部の文化財ミニ・シアター 村上高一氏
睦寄町下庄講中の仏像について2 会長記事

綾部の文化財ミニ・シアター 村上高一氏
綾部の文化財ミニ・シアター 村上高一氏
村上会長が用意された写真:下庄廃寺の木造阿弥陀如来坐像・観音菩薩立像・勢至菩薩立像・二天像の5躯
あやべ歴史のみち 綾部市資料館より収録


3.京都市学校歴史博物館見学研修(いかるが民俗館)

綾部の文化財ミニ・シアター 村上高一氏
一般に「歴史郷土資料館」と「民俗民具資料館」の2館が必要であるが、綾部蚕糸同友会などの悲願である「民俗民具資料館」がまだ出来ていない。綾部の文化財を守る会に「いかるが民俗館」という組織が発足して、この問題の実現に向かい努力している。

 今日の経済情勢から新しい建設を望むのは無理だとして、少子化により統廃合される学校校舎の廃校利用が話題に上っている。ただ廃校舎を利用して単なる資料館づくりを行うだけでは、開店休業になるだけで、地域文化の中心として学校が果たしていた役割に代われるものでないので、飲食店にも入ってもらうなど、地域の活性化の手助けのできる資料館のあり方を様々に模索している。

 以下の「京都市学校歴史博物館」研修の目的は、どのような廃校舎利用がされているかを実地学習することであった。町衆が町会ごとに建てた「開智小学校」の格式ある校舎建築を保存するとともに、様々な活用の工夫をこらし運営されていて参考になった。

 また偶然、京都市からの学童疎開の資料がイベントで展示されており、綾部市各地への学童疎開の事情が解るとともに、追跡調査を行った。

 奥上林小学校廃校舎跡も下記の調査でわかるように、「民俗博物館に利用の案:学校民俗民具資料室の写真はここをクリック下さい」もあったようだが、現在は貸館業務が行われているとのこと、その奥上林小学校廃校舎を使って先般、地元村おこしNPOの手により「あやべ上林風土祭り」が行われ1500人の人出で賑わった。取材してきたので別途紹介する。写真のみ開会前の時間帯にスライドで映写を行ったところである。

綾部の文化財ミニ・シアター 村上高一氏
京都市立小学校学童集団疎開一覧より 綾部市関係分の一部を抜粋 (日付、疎開元の学校名なども省略しています)
物部村 3年生以上171名 教員6名 寮母9名 作業員6名 長楽寺満福寺常福寺自得寺に分宿
東八田村 3年生以上110名 教員6名 寮母7名 雲源寺安国寺禅得寺に分宿 東八田国民学校に通学
吉美村 95名 教員7名 寮母3名 作業員5名 有岡公会堂妙泉寺里公会堂に分宿 吉美国民学校に通学
吉美村 児童19名 有岡寮妙泉寺寮里寮に分宿 吉美国民学校に通学
小畑村 児童99名 教員6名 高源寺普門院天王寺惣持院に分宿
西八田村 3年生以上81名 教員4名 寮母4名 作業員4名 淵垣公会堂梅厳寺妙徳寺に分宿 中筋国民学校に通学
中筋村 4年以上105名 教員8名 慈恩寺高津寮安場公会堂に分宿 中筋国民学校に通学
以久田村 3年生以上131名 以久田国民学校に通学 高台寺浄泉寺瑠璃寺に分宿
口上林村、中上林村、奧上林村 3年生以上165名 教員7名 寮母8名 作業員7名 如是寺玉泉寺精養軒永勝寺宝蔵寺金剛寺に分宿 口上林国民学校中上林国民学校奧上林国民学校に通学
中上林村、奧上林村 児童42名 教員2名 大龍寺無量寺に分宿 中上林国民学校奧上林国民学校に通学
綾部町、吉美村 児童291名 綾部国民学校に通学 玄功寺了円寺吉野寮宝しゃく寺興福寺心田院千手院に分宿
綾部町、吉美村 2年生以上児童数名 不明
綾部町 児童122名 3ケ寺に分宿 一部伝染病のため、10月中旬までに帰宅を延期した児童があり。

備考:学童の疎開先について、「HP:綾部の文化財」の「読みカナ順 綾部の文化財一覧表」などから現在の様子が判る寺院もあります。また当寺院の所在地をクリックすると、MAPION地図所在地近辺が表示されます。上記の「文字リンク」をクリックしてください。

なお全焼して近在に改築された綾部小学校
同じく近在に改築された以久田国民学校→豊里東小学校
統廃校され施設に転用された小畑小学校→豊里西小学校里山ネットあやべ
口上林小学校黒谷和紙工芸の里
奧上林小学校→中上林小学校に統合。
中上林小学校→統合されて現在上林小学校に名称変更。
中筋村・延の中筋国民学校(現中筋小学校)と、西八田村・中筋の中筋国民学校(現西八田小学校、綾部市中筋町)の同名2校があったようです。
精養軒は、まるいという旅館になっています。
合寺され名称の変わった永勝寺(八津合町馬場にあったが現在寺はない)+大龍寺→上林禅寺(元大龍寺跡)などもあります
興福寺は、現在福知山市の佐賀、戦前は印内村と呼ばばれたところにありましたが、現在は廃寺でありません。
学童疎開では、綾部旧町内の隆興寺西福院にも泊まって綾部国民学校へ行っていたそうです。
以上綾部史談会にて調査していただきました。

地元選出の白猪市議会議員さまに「洞峠の風にふれる交流会」でお会いし、問い合わせたところ、次の回答を得ました。上記と合わせて参考ください。
○「無量寺」につきましては、地元の小仲地区に「無量寺」がありまして、こちらは、現在、無住の寺ですが、寺としては登録は残っております。自治会で寺を管理しております。廃寺ではありません。
○奥上林小跡地の利用ですが、地元の地域振興協議会で、廃校当時に跡地利用の検討委員会を、立ち上げました。「民俗博物館」など、諸案ありましたが、諸事情(頼りとしていた方の急逝など)あり、現在、研修施設としての貸し館業務が主となっています。
その他、地元消防団分団本部が一教室借りており、年末、災害時は本部詰め所として使われます。上の敷地の幼稚園跡地には、村おこしNPOが1教室借りており、事務局を構えています。ときどき使われているようです。
 向日市からみえている立体作家の方が、継続してアトリエとして、一教室使われています。私としては、こうした利用がもっとないものか、と思っております。


綾部の文化財ミニ・シアター 村上高一氏
学童集団疎開の写真について  会長記事

綾部の文化財ミニ・シアター 村上高一氏
会場で配布された日彰国民学校の学童疎開の碑文

綾部の文化財ミニ・シアター 村上高一氏
次は綾部市文化協会研修旅行(平城遷都1300年祭を見る)に参加した記録「ブログ:綾部の文化財日誌」の紹介です。広がる草地の下は平城京の遺物で埋まっていると聞きましたが、この広大な平城京跡地も一人の篤志家が買い集め保存されて来たものと云うことです。「人々の努力が文化財を守る」の今回のテーマです。
綾部の文化財ミニ・シアター 村上高一氏
4.綾部市文化協会研修旅行(平城遷都1300年祭を見る)3

綾部市文化協会研修旅行(平城遷都1300年祭を見る)1~5
 http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/852.html
 http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/853.html
 http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/854.html
 http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/855.html
 http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/856.html

綾部の文化財ミニ・シアター 村上高一氏

平城宮跡の見学と長屋王邸跡出土の木簡について 会長記事

 長屋王は奈良時代に活躍した皇族出身の政治家である。政界のライバルだった藤原氏の四兄弟の陰謀によって無実の罪を着せられ、729年自害に追い込まれた。

綾部の文化財ミニ・シアター 村上高一氏
妻の吉備内親王は夫以上の高貴な出で、母・兄・姉がみな天皇。唯一天皇でない父の草壁皇子も、天皇に準ずる高い地位にあった。
 政界で実権を握った長屋王と高貴な血統の妻・吉備内親王、権力と権威をもった二人の子どもたちが有力な皇位継承者と見なされるのも必然であった。これがライバルの藤原氏にとって脅威だった。
 結局、次期天皇にもっとも近かった長屋王一家は「国家を傾けようとした」罪で自害させられてしまった。だが長屋王は無実だったと奈良時代の正史「続日本紀」ははっきり書き残している。長屋王の変と云われている(出典:日本の神様と神社・恵美嘉樹氏より)

最後に綾部の文化財を守る会副会長:泉美千代さんから来場者に対し、謝辞を述べていただき終了した。

テーマ : 歴史大好き!
ジャンル : 学問・文化・芸術

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