曹洞宗・浄泉寺とその背景(位田町)
綾部市位田町田岸63番地にある、あやべ西国観音霊場第12番札所の曹洞宗永平寺派の「観流山・浄泉寺(じょうせんじ)」は元々真言宗の寺で、元はもっと奥に位置していたと言う。しかし、左裏の山は「高城山(たかしろやま)」といい、ここには「応仁の乱」のとき山城国一揆より勝ると言われる、大規模な丹波国一揆が、延徳から明応(1485〜1493)にかけて4年間も続き、この高城山(位田城)が大槻・荻野氏の拠点となり、管領細川正元や丹波守護代の上原元秀に激しく抵抗した所であり、当然当寺も兵火をうけた。曹洞宗になったのは慶長年間(1600年)頃、福知山久昌寺の二世・南渓存越(なんけいそんえつ)大和尚が荒廃していたこの寺を改めて、開創されたことによると言う。又、この寺からは由良川越えに四尾山や綾部市街が一望できる。本尊聖観音様の撮影は残念ながら断られたので、見たい方は春と秋に実施される「一日13ヶ寺を廻るAコース」にご参加ください 。
浄泉寺正面

この中には素晴らしい「聖観世音菩薩」様

左手の山は「高城山」で現在でも登り、「堀切」の跡が確認できます。

ここから見える山は綾部市のシンボル「四尾山」と市街地

浄泉寺正面

この中には素晴らしい「聖観世音菩薩」様

左手の山は「高城山」で現在でも登り、「堀切」の跡が確認できます。

ここから見える山は綾部市のシンボル「四尾山」と市街地

延喜式内社・高蔵神社と諏訪神社(西坂町)
今回は、京都府総合資料館(京都市北区)には明治初期より初めて明治10年(1877)6月に京都府管内の延喜式内社を確定し,その所有している書物は「延喜式内並国史見在神社考証(えんきしきないしゃならびにこくしけんざいじんじゃこうしょう)」と云い、綾部市(元、何鹿郡いかるがぐん)では12の式内社があり、最近では、当会の会報で綾部市吉美地区の高倉町の「高倉神社」、西八田地区の中筋町の「島萬神社(しままじんじゃ)を紹介しました。今回は綾部市(物部地区の)西坂町の式内社「高蔵神社とその末社の諏訪神社」を紹介します。尚、京都府総合資料館では38年前に当会を結成した会報「綾部の文化財第1号」から現在までのものがそろっています。
ぎょ!!小生は綾部市史上巻で何鹿郡(いかるがぐん・現、綾部市)の延喜式内社は12と読んでいたが、この「神社考証」には五区栗村の「佐陀神社両殿之図」と第五区東栗村の「佐陀神社図」とまったく違った二つの図が掲載されている。再度調査しますが、2ヶ所に在ったものと思われる。
高蔵神社の「手水舎」は当会理事の泉さんを含めた8名の献納が明記されています。

高蔵神社正面

高蔵神社の「流造」(切妻・平入り)

京都府総合資料館所蔵の明治の「高蔵神社境内等」

諏訪神社由緒縁起
京都府綾部市(物部地区)西坂町にあるこの「諏訪神社」は源頼朝の命で建久4年(1193)に信州上田城主の上原右ェ門丞景正が丹波の国何鹿郡(いかるがぐん)の地頭職に任ぜられ、物部町高尾に城郭を築き、信州一ノ宮・諏訪明神の分霊を祀ってこの「諏訪神社」を建立。何鹿郡では「地頭職」の名前はこの上原氏のみ判明している。御祭神は「建御名富神と姫神八坂刀売神」であり、境内社は稲荷神社もあり、十月十七日の秋祭りには「高蔵神社の神輿」が立ち寄り、宮司、自治会長等が参拝する。
諏訪神社

ぎょ!!小生は綾部市史上巻で何鹿郡(いかるがぐん・現、綾部市)の延喜式内社は12と読んでいたが、この「神社考証」には五区栗村の「佐陀神社両殿之図」と第五区東栗村の「佐陀神社図」とまったく違った二つの図が掲載されている。再度調査しますが、2ヶ所に在ったものと思われる。
高蔵神社の「手水舎」は当会理事の泉さんを含めた8名の献納が明記されています。

高蔵神社正面

高蔵神社の「流造」(切妻・平入り)

京都府総合資料館所蔵の明治の「高蔵神社境内等」

諏訪神社由緒縁起
京都府綾部市(物部地区)西坂町にあるこの「諏訪神社」は源頼朝の命で建久4年(1193)に信州上田城主の上原右ェ門丞景正が丹波の国何鹿郡(いかるがぐん)の地頭職に任ぜられ、物部町高尾に城郭を築き、信州一ノ宮・諏訪明神の分霊を祀ってこの「諏訪神社」を建立。何鹿郡では「地頭職」の名前はこの上原氏のみ判明している。御祭神は「建御名富神と姫神八坂刀売神」であり、境内社は稲荷神社もあり、十月十七日の秋祭りには「高蔵神社の神輿」が立ち寄り、宮司、自治会長等が参拝する。
諏訪神社

於与岐八幡宮とその文化財(於与岐町)
今回は、綾部市於与岐町(舞鶴市の境)にある昭和59年4月14日京都府登録「無形民俗文化財・於与岐八幡宮の祭礼芸能」、昭和60年5月15日同登録文化財「八幡宮本殿一棟」、同日・府決定「八幡宮文化財環境保全地区」です。
京都府決定「八幡宮環境保全地区」

於与岐八幡宮

京都府登録文化財の於与岐八幡宮本殿一棟

京都府登録・無形民俗文化財「於与岐八幡宮の祭礼芸能」天狗の鼻高の舞い

この祭礼は10月第3日曜日午前8時45分位いから始まり午前中で終了です。神輿4基の前で獅子舞、天狗様の鼻高の舞等が奉納されます。
詳しくは、ここをクリックしてください。
京都府決定「八幡宮環境保全地区」

於与岐八幡宮

京都府登録文化財の於与岐八幡宮本殿一棟

京都府登録・無形民俗文化財「於与岐八幡宮の祭礼芸能」天狗の鼻高の舞い

この祭礼は10月第3日曜日午前8時45分位いから始まり午前中で終了です。神輿4基の前で獅子舞、天狗様の鼻高の舞等が奉納されます。
詳しくは、ここをクリックしてください。
京都府登録文化財・淵垣八幡神社本殿と境内社(淵垣町)
美しいヒバの生垣に囲まれた、この淵垣八幡神社は綾部市渕垣町にあり、丹波国守「仁木頼章」が康永2年(1343)に造営した建物を,元文4年(1739)に氏子が再建したものと棟札からわかる。禅式様式を取り入れた神社建築であり、中世の建築を近世風に仕立てなをした好例である。康永期の大工は藤0謀である。妻飾りは虹梁「大瓶束」で大瓶束及び頂分の花肘木は禅宗様でこの建築物の見所である。元文の改修では向拝・屋根・軒などの縁周りを新しくしたもので、本殿は身舎(軸部と妻飾)等の主要部分には康永期の部材を残している。室町時代康永期の部材として身舎の円柱12本、長押・頭貫・妻飾の大瓶束・花肘木があげられる。(注)「あやべ歴史のみちより一部抜粋」
淵垣八幡宮本殿(京都府登録文化財)

境内社

その他詳細はここをクリックして下さい。
淵垣八幡宮本殿(京都府登録文化財)

境内社

その他詳細はここをクリックして下さい。
楞厳寺と文化財2
6月19日(月)朝、瑠璃寺の再度の撮影に大畠町の寺総代宅へ行くも不在、「もう一度来て下さいとの仏の声。」、帰路、綾部唯一の「関西花の寺25ヶ寺の第2番、あやべ西国観音霊場第14番の楞厳寺(りりょうごんじ)」へ立ち寄る。「花と綾部の文化財11」で紹介したが、それぞれ樹齢400年を越える3古木(椿、菩提樹、百日紅)の一つ「菩提樹」が咲き始めました。その他前回で紹介できなっかた霊水の湧く「宝筐印搭」や明治の大画家、長井一禾(ながいいっか)の屏風絵等。
3分から5分咲きの菩提樹の白い花

霊水の湧く「宝筐印搭(ほうきょういんとう)」

長井一禾の屏風絵「鴉と柿木」

長井一禾の掛け軸「鴉と夕日」

本堂天井の「四季の花」

もっと詳しく知りたい方はここをクリックして下さい。
3分から5分咲きの菩提樹の白い花

霊水の湧く「宝筐印搭(ほうきょういんとう)」

長井一禾の屏風絵「鴉と柿木」

長井一禾の掛け軸「鴉と夕日」

本堂天井の「四季の花」

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