2009-01

京都府登録文化財・淵垣八幡神社本殿と境内社(淵垣町)

美しいヒバの生垣に囲まれた、この淵垣八幡神社は綾部市渕垣町にあり、丹波国守「仁木頼章」が康永2年(1343)に造営した建物を,元文4年(1739)に氏子が再建したものと棟札からわかる。禅式様式を取り入れた神社建築であり、中世の建築を近世風に仕立てなをした好例である。康永期の大工は藤0謀である。妻飾りは虹梁「大瓶束」で大瓶束及び頂分の花肘木は禅宗様でこの建築物の見所である。元文の改修では向拝・屋根・軒などの縁周りを新しくしたもので、本殿は身舎(軸部と妻飾)等の主要部分には康永期の部材を残している。室町時代康永期の部材として身舎の円柱12本、長押・頭貫・妻飾の大瓶束・花肘木があげられる。(注)「あやべ歴史のみちより一部抜粋」
淵垣八幡宮本殿(京都府登録文化財)
淵垣八幡宮本殿

境内社
淵垣八幡宮境内社

その他詳細はここをクリックして下さい

献上・紀州梅道中その2

鍋師理事に続き、1号車で綾部市里町の岸見直さんから逆サイドから撮った行列の写真や国宝本殿前での写真、行列参列者が特別席で並んで儀式を見ている写真等を提供して頂いたのでスキャナーで撮り入力しました。
献上行列の裃姿の人々
紀州献上梅道中1

献上のお供えの供物は2つです。
紀州献上梅道中2

紀州献上梅道中3

入場後、太鼓橋を閉める神官
紀州献上梅道中4

国宝・本殿前で儀式が始まりました。
紀州献上梅道中5

特別席での行列参加者達
紀州献上梅道中6

紀州献上梅道中7

献上・紀州梅道中に遭遇

なんと六月六日は「梅の日」、上賀茂神社楼門前でご案内の祢宜さまを囲んで2号車一行の記念写真を撮影し一行は拝殿に入門。私はさらに1号車一行の到着を待ち記念写真を撮影。続いて拝殿に入門かと思ったが、案内の祢宜さまに連れられて周辺の参観に向かった。すると突然ホラ貝が鳴り響き、楼門前の太鼓橋の前後の欄干に結ばれた制止縄が解かれ、山伏、法師など平安時代を思わせる紀州梅献上の一行がやってきた。(なべちゃん記)
 1号車の皆さんは、当参拝団担当の権禰宜の村松晃男さんに案内され、特別に東門を開けてもらいこの東門から入り、国宝本殿前での「今年の梅の献上儀式」を行列参加者以外は、入れない所から見られた諭旨、国宝権殿も見られたとの事です。精進の賜物ですね。(四方續夫記)
祢宜を先導にホラ貝を吹き鳴らす山伏・法師・幟・献上木札の付き人一行
献上・紀州梅道中1

僧正のあとには裃姿の代表者がつづき、さらに平安時代の烏帽子・水干姿の献上者たちがつづく
献上・紀州梅道中2

太鼓橋の上に樹木があり日傘を横にしてとおる。平安時代の市女笠(いちめかさ)をかむり高貴な姿をした娘たちの晴れやかな大人数の一行が梅を入れた笊・花を持ってとおる
献上・紀州梅道中3

大きな梅干しの張りぼての後は、献上梅の葛籠を担いだ烏帽子・水干姿の献上者たち
献上・紀州梅道中4

つぎなるは梅の笊を持ち、梅の実のついた枝を背負った梅とり姿の女人たち
献上・紀州梅道中5

なんと献上梅の一行の祭殿への入門時に合わせたように2号車の会員が本殿参拝を終えて合流
献上・紀州梅道中6

献上梅道中一行から配られた「梅の御菓子」や枝からもいだ「梅」を手に持つ会員たち、してやったりとニコニコ顔の四方事務局長
献上・紀州梅道中7

楞厳寺と文化財2

6月19日(月)朝、瑠璃寺の再度の撮影に大畠町の寺総代宅へ行くも不在、「もう一度来て下さいとの仏の声。」、帰路、綾部唯一の「関西花の寺25ヶ寺の第2番、あやべ西国観音霊場第14番の楞厳寺(りりょうごんじ)」へ立ち寄る。「花と綾部の文化財11」で紹介したが、それぞれ樹齢400年を越える3古木(椿、菩提樹、百日紅)の一つ「菩提樹」が咲き始めました。その他前回で紹介できなっかた霊水の湧く「宝筐印搭」や明治の大画家、長井一禾(ながいいっか)の屏風絵等。
3分から5分咲きの菩提樹の白い花
3分から5分咲きの菩提樹の白い花

霊水の湧く「宝筐印搭(ほうきょういんとう)」
霊水の湧く「宝筐印搭(ほうきょういんとう)」

長井一禾の屏風絵「鴉と柿木」
長井一禾の屏風絵「鴉と柿木」

長井一禾の掛け軸「鴉と夕日」
長井一禾の掛け軸「鴉と夕日」

本堂天井の「四季の花」
本堂天井の「四季の花」

もっと詳しく知りたい方はここをクリックして下さい

石田神社とその文化財等(安国寺町)

6月18日(日)は17日の雨の余波で、畑が無理なので午前中、神社撮影巡りと決めて、石田、於与岐、諏訪、九社、高蔵神社と淵垣八幡宮を廻ってきたので順次紹介の予定です。
先ず京都府指定文化財の「石田神社本殿(昭和61年4月15日指定)とその右側にある国重文の恵比寿神社本殿(西宮大明神と札が掲げられている。)」を紹介します。本殿は正面に軒唐破風(のきからはふう)、千鳥破風(ちどりはふう){破風とは屋根の切妻部分のところに打ちつける合掌形の厚板、又はその三角形のこと}を付けている。軽快な装飾で、又手の込んだ彫刻をもち、妻(つま=近世的手法)で正徳期(1771年代)のもので、大工は梅迫の四方好兵衛政重と、その長子小兵重頼、次男源兵衛重種のの親子である。国の重要文化財に指定された、本殿右側にある「恵比寿神社本殿」は西宮大明神と呼ばれ、昭和62年6月3日に指定されました。もとは三間社流造りで、その身舎(本体)部分は、本殿の小屋屋根裏に残った鎌倉時代末期・延慶4年(1311)の棟札から石田神社の本殿の前身建物(旧本殿)であろうと言われている京都府北部最古の神社遺構である。尚、この地域は「石田神社文化財環境保全地区」に京都府より指定されている。
石田神社正面と当会の駒札
石田神社大鳥居

石田神社駒札

京都府指定文化財「石田神社本殿」
京都府指定文化財「石田神社本殿」

石田神社本殿

国重要文化財の境内社「恵比寿神社本殿(西宮大明神)
国重要文化財「恵比寿神社本殿(西宮大明神)

修抜所
修抜所

ホ−ムペ−ジ「綾部の文化財・元旦初詣風景」

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